CREA2026年秋号の「1冊まるごと人生相談」特集が、現在好評発売中! CREA WEBではその一部を抜粋してご紹介します。

 「なぜ多くの人ができていることを私はできないのか」。「人生で築けたものが、何もない」。物質的には豊かなはずの社会で、私たちはなぜこう感じてしまうのか。國分功一郎さんと考えます。


【相談】自分には何もないと感じます

 まず確認しておきたいのは、あなた自身は確かに存在しているということです。何もないはずはありません。おそらく、あなたは何か欠落感を抱いていて、それを否定的に捉えている。このことを具体的に考える必要があります。「何もない」とは、いったい何を意味しているのか、はっきりさせなくてはならないんですね。

 欠落感の理由は、いろいろ考えられます。仕事のキャリアが十分でないとか、配偶者がいないとか、友だちがいないとか、人によって様々でしょう。複数の要因が合わさっている場合もあるはずです。よく考えて、自分が「何もない」と感じてしまう具体的な原因を明らかにしてください。

 『哲学の先生と人生の話をしよう』という本にも書いたことですが、どんな悩みも一般的・抽象的である限りは解決しません。いかなる問題も個々の具体的状況の中にあるんですね。そして個々の具体的状況を分析すると、必ず突破口が見えてきます。

 たとえば、昨年の『CREA』の人生相談特集に寄せられた、とある女性会社員のお悩みを見てみましょう。仕事が大好きで、結婚も出産も特に望まず、ひとりで充実した生活を送ってきた彼女は、40歳を目前に不本意な部署に異動させられてしまったそうです。新部署では、これまでの経験や知識を生かせそうにない。さらには持病の婦人科疾患が悪化して、薬の副作用にも苦しんでいる。仕事のやりがいを失い、体調も悪い日々が続く中で、バリバリと働く友人たちや、育児に追われる友人たちと比べて、自分だけが取り残されているように思えてきた。「みんなと違って、私には何もないのではないか」と。あまり関心がなかったはずなのに、結婚したほうがいいのではないかという焦りも出てきたと彼女は綴っています。

 こうしたケースの場合、個々の問題に分けて考える必要があります。仕事のこと、病気のこと、結婚のことを区別して、それぞれの問題を具体的に考えていかなくてはなりません。

 まず、仕事についてですが、以前の部署で活躍していたということは、能力の高い人であることは間違いありません。「何もない」どころか「持ってる」人だからこそ、これまでの経験や知識を生かせない新部署を不本意に感じているんじゃないでしょうか。それだけの能力がある人ならば、新たに経験と知識を蓄積して、再び活躍することができるはずだと僕は思います。

 病気については、とにかく知識を深めることが大事です。知識を深めて、見通しを立てられるようにする。人間が不安になるときって、大抵の場合、知識が足りないんです。もちろん薬の副作用は苦しいと思うんですが、どのようなメカニズムで副作用が起きているかを理解すれば、不安は軽減されます。単に医者任せにするのではなく、疑問があれば質問して、自分でも調べて、知識を深めていくべきです。

 それから結婚については、異動と病気の悪化をきっかけに見方が変わったということですよね。「私は別にいいや」と思っていたのに、状況の変化によって取り残されたような気持ちになってしまった。これに関しては、自分が何を望んでいるのかをはっきりさせる必要があります。まず、かつての自分が結婚を望んでいなかったことを再確認すべきです。その上で、現在の自分が本当のところ何を望んでいるのか、じっくり考えてほしい。もし、結婚をしたいわけではないけれど、子どもと関わってみたいということであれば、友だちの子どもと定期的に遊んであげたりするのもいいですね。すごく喜ばれるんじゃないでしょうか。

 友だちがいるということ自体、彼女のアドバンテージです。ぜひ悩みを友だちに相談してほしいと思います。だいたい人間というのは、ひとりで考えていると碌な結論に辿り着かないものなんですね。宗教改革の中心人物として知られるマルティン・ルターも、人間はひとりで考えると同じところをグルグル回転してしまってダメなんだと言っています。

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CREA 2026年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。