今年の映画界で話題を総なめにした『国宝』。伝統芸能である歌舞伎の美しさ、厳しさに多くの人が魅了されました。しかし! その歌舞伎に負けないくらいディープな世界が、もう一つあるんです。それが「落語」です。

 そして、その落語の世界を、それはそれは見事に描き切った傑作が、NHKドラマ『昭和元禄落語心中』です。落語の「粋」と「業」、そして芸の絆に結ばれた男たちの愛憎劇から目が離せません。これは単なる伝統芸能の物語ではなく、「芸」と心中しようとした男たちの、魂の記録なのです。


ライバル同士が織りなす、光と影の物語

 『昭和元禄落語心中』は、伝統芸能の世界の厳しさを描きながらも、それ以上に濃密で血の通った人間ドラマになっています。友情、嫉妬、師弟愛、男女の情愛、そして隠された過去を巡るミステリー……。雲田はるこの原作漫画が脚本家・羽原大介の手腕によってドラマとなり、観る者の心を揺さぶります。

 岡田将生さん演じる孤高の天才・八代目有楽亭八雲と、山崎育三郎さん演じる落語の申し子・二代目遊楽亭助六。対照的な二人の噺家が織りなすのは、光と影の物語です。

 ライバルとして互いに意識し、嫉妬し、それでも認め合う。この熱い友情と芸の道を巡る凄絶な葛藤に、毎回胸が締め付けられます。助六の天才性と、八雲の緻密な努力が生み出す芸のコントラストは、まさに圧巻です。

 びっくりしたのは、その構成の巧みさ。本作は昭和後期の八雲が、助六、みよ吉(大政絢)とともに若き日を駆け抜けた昭和前期を、養女の小夏(成海璃子)に語るという、時間軸を往還する回想形式を基本としています。ドラマでも10話のうち、2~6話という実に半分を費やして「八雲の過去」である激動の時代を描き、視聴者を落語の深淵へと引きずり込みます。

 特に第6話「心中」では、四国の旅館で若き八雲と助六が二人会をした夜、助六とみよ吉夫婦がとある事件により亡くなるという一つの山場を迎えます。八雲の得意な演目に「品川心中」がありますが、作中で描かれる心中劇の語りこそ、一つの壮大な八雲の落語として受け止めていいのかもしれません。

 これには、落語が口から出た言葉をつないでいく、口伝のみで伝えられる文学の一種であるということを改めて気付かされました。語られた物語の強さといったらもう……! ちなみにこの過去の事故死を巡るミステリーの真相は、最終話のお楽しみです。

戦時下の「禁演落語」とは

 また、落語のことを深く知っていくにあたり、戦時下の事態を象徴的に表す「禁演落語」の存在にも驚かされました。国家権力などによって自粛を強いられ、事実上、上演を禁じられた落語の演目があったとは。しかも、禁演となったのは八雲が得意とする艶っぽい噺が中心。時代の空気に芸の魂がねじ伏せられそうになるさまは、命を懸けた男たちの凄絶な「生き様」を際立たせます。

 戦時中という時局にふさわしくないと見なされた落語53席の落語台本が、東京・浅草の長瀧山本法寺の「はなし塚」に葬られた事実は、本作ではじめて知りました。しかも53の落語の禁演を決めたのは、皮肉にも落語家たち自身。

 これは、非国民といわれ落語自体が上演禁止とされてしまう前に、自ら先手を打った苦渋の選択だったのでしょう。明確な基準がわからず「空気」で判断されて叩かれるという状況は、現代にも通じる普遍的な恐ろしさを浮き彫りにします。

 終戦後、焼け野原の中で「好きなだけ落語ができる!」と喜ぶ若き八雲と助六の姿は、「芸」とは人生そのものであり、生きる希望そのものであることを痛感させられました。

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