公開中の映画『アフター・ザ・クエイク』。原作は、刊行から25年が経った今も世界中で愛読されている村上春樹の短編連作『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫刊)。収録されている4つの短編をベースに、オリジナルの設定を交えて映像化した。1995年の阪神・淡路大震災以降、それぞれ異なる時代・場所で孤独を抱える4人の人生が交錯し、現代へとつながる喪失と回復の物語となっている。出演した岡田将生が、村上作品への思いや役への向き合い方を語った。

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村上作品の映像化には、いい意味で正解がない

 村上春樹作品は、過去にも何作も映像化されてきた。世界的に高い評価を得た『ドライブ・マイ・カー』(21年)や、幻想的な映像美のアニメ映画『めくらやなぎと眠る女』(24年)など、近年も話題作が続いている。

『ドライブ・マイ・カー』に続き、村上作品への出演が2度目となる岡田将生は、「村上春樹さんの作品は、言葉がずっと体内に残る」と話す。

「村上さんの作品には、いい意味で正解がありません。言葉や場面がどういう意図で作られたのかを、監督、スタッフ、俳優が悩みながら形にしていきます。感じ取ることは人それぞれ違いますが、監督と一緒にそれらをひとつの表現に整えていく作業は、ずっと浸っていたいような、それでいて早く手放してしまいたいような時間でした。

 村上さん原作の映画に参加させていただくのは本作が2回目ですが、こういう時間が自分は好きなんだな、とあらためて感じました」

演技のキーワードとなった「からっぽ」という言葉

 岡田が出演したのは、交錯する4つの時代の中の「1995年」パート。妻が突然姿を消し、失意の中で釧路へ旅に出る平凡なサラリーマン・小村を演じている。

「これまではエキセントリックな役を演じることが多かったのですが、そういう役は意外とキャラクターが作りやすいんです。でも本作で演じた小村のような“普通の人”は、何をもって“普通”とするのかがわからない。万人が納得する“普通”を探し続けなければならず、それが難しかったです」

 小村を演じる手がかりとなったのは、映画の軸にもなっている「からっぽ」という言葉だったと岡田は言う。小村の妻・未名(みめい/演:橋本愛)は、「まるで空気のかたまりと一緒に暮らしているみたいだった」という置き手紙を残して姿を消す。失意の中、旅に出た小村は、旅先でも「からっぽ」の白い箱と対峙する。

「妻が口をきかなくても話しかけ続けたり、旅先で自分が何を食べたいかもはっきり言えなかったり……。小村が『からっぽ』を抱えて生きている人だということは、脚本から十分伝わってきました。キャラクターとしては少しも共感できるところはありませんでしたが、寄り添うことならできると考え、感情は出さずにフラットに演じました」

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