映画『首』(北野武監督)、『スオミの話をしよう』(三谷幸喜監督)、A24製作によるApple TV+のドラマ『Sunny』(ルーシー・チェルニアク監督)など国内外の話題作に出演している西島秀俊さん。

 映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』では、台湾出身の俳優グイ・ルンメイさんと共演し、ニューヨークで妻子と暮らす大学の助教授を演じている。息子の誘拐事件により変化していく夫婦の心情と関係、その先にあるものとは――。真利子哲也監督との初タッグであり、全編ニューヨークでの撮影による作品への出演について、西島さんに話を聞いた。

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複雑な思いを抱える人物を掘り下げていきたい

――もともと『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)に感銘を受けて以来、真利子監督と仕事がしたいと思っていたとお聞きしています。実際に出演されて、どのような印象でしたか。

 真利子監督ならではの明確に言語化される前の感情を捉えるような独自性と、これまでの作品とはまた違う、新しい挑戦をされた真利子監督の両方を感じることができて、とても幸せな時間でした。

――これまでの真利子監督との違いとは、具体的にどのような点だったのでしょうか。

 これまでは肉体的な暴力性のある作品を撮影されてきたと思います。この映画では他者と同居するなかで、見ないようにしてきた部分が、ある事件をきっかけに露呈していく。そのことに向き合い、関係を修復しようとするプロセスが描かれていて、その過程で言葉や感情が激しくぶつかり合います。

 例えば、ルンメイさんが演じるジェーンというキャラクターには、自分にとっては生きていく上でどうしても必要なものが周囲に理解されないという葛藤があり、キャリアと家庭のはざまで悩む姿が描かれています。僕たちが日常で抱える悩みに通じる部分が多く、そういう登場人物たちがそれぞれの課題をどう乗り越えていくかが描かれるなかで、感情がぶつかり合う際の表現が際立っているのは、監督の新しい挑戦ではないでしょうか。

――今回の役は、セリフの9割が英語だったそうですね。アメリカで学生たちを指導し、廃墟研究をしている助教授・賢治として、どのように役作りに取り組まれたのでしょうか。

 研究者であり業績が評価されてアメリカに呼ばれた人物という設定で、英語ネイティブのようになめらかに英語を話す必要はないということでしたので、これならばチャレンジできるかなと思いました。

 賢治にとって、震災というものが彼の原動力であると同時に今なお囚われているトラウマでもあり、しかもその研究がライフワークにもなっています。全く同じではありませんが、僕にも似たような経験がありますし、同様の経験をされた方もいるのではないでしょうか。自分の原動力でありながらもポジティブな体験ではない、そういう複雑なものを抱えたキャラクターを自分の経験も重ねながら掘り下げていきたいと思いました。

――複雑な思いを抱えながらも研究者としての力に変えていく、賢治の姿勢に共感されたのですね。賢治の妻ジェーン役のグイ・ルンメイさんとの共演はいかがでしたか。コミュニケーションは英語だったのでしょうか。

 そうですね。今回、共演させていただいて、何よりルンメイさんの自然な演技とその集中力に圧倒されました。演技で絶対に嘘をつかない方で、1カ月半の撮影の間、休みの日も常に集中している彼女の姿勢は、俳優の理想の姿のひとつとして、本当に素晴らしいと思いました。

2025.09.12(金)
文=あつた美希
写真=佐藤 亘
ヘアメイク=亀田雅
スタイリスト=オクトシヒロ