――夫婦役としての関係性は、どのように築いていったのでしょうか。
いろんな話をしましたが、演技プランを細かくすり合わせるようなことは特にしませんでした。現場で彼女と話すたびに心に響くものがあり、毎日感動しながら演じていました。

――この映画のなかで、特に印象に残っているシーンや注目してほしいセリフはありますか。
ジェーンがバーで賢治と会話したあとに、通りへ出て感情を爆発させるシーンがあるのですが、あのシーンは本当に忘れられないですね。通りで撮影していたので、エキストラ以外の方が映り込んだら撮り直しをするなど大変でしたが、何度もリテイクを重ねながらもルンメイさんはずっと集中を保ったまま演じていました。よくこんな演技が続けられるなと、あのシーンは撮影現場の記憶としても、作品としてもすごく印象に残っています。
偶然の瞬間や高ぶる感情を求めていた
――真利子監督とは、具体的にどのような話をされたのでしょう。
真利子監督とはいろいろ話しましたが、それ以上に、現場に入って、監督が選んだロケーションや脚本のセリフ、スタッフの顔ぶれなどから、監督の狙いや思いを感じることが多かったです。
――撮影現場での監督の演出はいかがでしたか?
真利子監督はきれいな流れるような演技を求めていませんでした。むしろ、感情が高ぶって言葉が出てこなかったとか、そういう瞬間をとてもいいと言っていました。演技が定まる前の、生の感情のようなものを監督は大事にしていたように思います。
――その場の勢いや、感情の高まりが偶発的に生まれる瞬間を?
そうですね。カメラがブレたとか、そういう偶然も大切にされていました。何度もテストを重ねると、どうしても演技がなめらかになっていきますよね。監督は常にそうではないものを求めていたのだと思います。
――真利子監督はこの映画について、「仕事に没頭すること、恋に落ちること、家族をもつこと」をテーマに描いたと話しています。夫婦の誤解やすれ違い、対立や苦悩などについて、どう思われますか。
誰かと一緒に暮らせば、そうした困難は必ず起きます。それは血のつながりのあるなしにかかわらず、誰かと一緒に暮らしている人なら感じていることではないでしょうか。そこに触れると関係が崩れてしまうから、互いに見ないようにしている、ということは誰にでもあることだと思います。
――映画では、アジア系アメリカ人のジェーンと日本人の賢治が、アメリカで夫婦として共に生きようとするなかで生じるさまざまな感情、誘拐事件により変化していく関係が描かれています。
愛し合って一緒に暮らしていても、文化の背景や母語が異なる2人が異国で暮らしているのであれば、ストレスや衝突がありますよね。さらに息子が誘拐されるという外部からの暴力にさらされることで、さらに複雑なすれ違いが生じて、これまで触れずにいた問題が一気に露呈する。物語のなかでは極端な状況として描かれていますが、こういうことってあるな、と共感できる部分が誰にでもあるのではないかと思います。
2025.09.12(金)
文=あつた美希
写真=佐藤 亘
ヘアメイク=亀田雅
スタイリスト=オクトシヒロ