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アサコとの約束を果たすため、スマトラへ

小菅 その後、スマトラ島へゾウの勉強をしに行ったんです。アサコにゾウの繁殖を成功させると誓ったから。スマトラ島にワイ・カンバス国立公園というところがあって、そこにあるゾウの保護センターで、発情の見分け方などいろいろと教えてもらいました。「(担当者に)繁殖させたい」と言ったら、「どんな生活をさせているのか」と聞かれて。「オス1頭、メス1頭で飼育している」と言ったら笑われましたね。

松井 本来はどういう環境が好ましいんですか?

小菅 ゾウというのはメスだけのグループを作って、終生変わらない。つまり、メスは生まれたグループにずっといるんですね。その中にいる一番年上の長老のメスが、30~50頭くらいのメスをまとめているんです。で、オスは成長したら群れを離れて、基本的に単独行動。他のオスと数頭で群れをつくることもありますが、独り立ちしたオスだけが繁殖に関わることができるんです。じゃあ、メスのグループの中に気になったメスがいたら、オスはどうすると思いますか?

松井 どうするんですか?

小菅 気になったメスのところに真っ先には行かず、まず長老のメスのところに行って「群れの中に美しい女性がいます。なんでもするので、群れの中に入れてください」ってお願いして、長老がいいって言ってようやく、その群れと一緒に行動できるようになるんです。

松井 ちゃんと話を通すんですね。

小菅 そうです。「メスはどうして1頭では飼育できないんですか?」と聞いたら、「メスは寂しがりで何に対しても不安だから、常に肌が触れ合うような感覚でいないとだめだ」と言われました。実際、センターの群れでも30頭くらいの中で3、4頭がそれぞれくっついていて、そういうグループがいくつもあるんです。ただ、動物園ではそんなに広いスペースは用意できないので、「どうすれば繁殖できますか?」と聞くと「メス3頭いれば安定した生活ができる」と言われました。あと、繁殖に必要なのは“メスを尊重できる”オス。別々に飼育して、繁殖時に一緒にすればいいということを教えてもらってできたのが、今の円山動物園にあるゾウの獣舎なんです。

 私はアサコと約束したので、自らミャンマーへ行って導入する個体を見極めました。現地の人が候補に挙げたゾウとは別に、一目惚れしたメスがいて。それが今、円山にいるパールというメスです。初対面の人間が近づくと普通のゾウならお尻を向けるところを、パールは正面を見たままで、鼻をポンポンと撫でてもじっとしていた。だから、「メスはこの個体でお願いします」と伝えて。オスは牙がまっすぐな個体を選んで、メス3頭、オス1頭が来日しました。円山動物園は来たことがありますか?

松井 ないんです。

小菅 飛行機で1時間半ですよ?

松井 場所はもちろんわかってます!(笑)

小菅 そこから、10年で繁殖をさせようと決めたんです。ただ、円山動物園で繁殖に成功しても、その子どもが行くところがない。将来、生まれたメスを違う遺伝子を持ったオスと一緒にするためには、日本で探すよりもミャンマーで探したほうがいいと考えて、ミャンマーの森林局の局長さんに「将来のことを考えて、うちで生まれた個体は一度お宅にお返しします。ですから、別の個体をください」と伝えました。

 「なぜだ?」と聞かれたので、「遺伝的多様性を保って、3代、4代、5代と維持するためには、円山動物園とミャンマーとの関係性をずっと維持しなければいけないからです」と答えると、その局長さんが立ち上がって「いい考えだ!」と言って握手を求めてきました。実際、5年で繁殖が成功して、生まれたのがタオという個体なんです。

松井 ハイペースで実現できたんですね。

小菅 どの個体の子どもだと思いますか?

松井 パールですか? じゃあ、小菅さんの直感はあっていたんですね。

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小菅正夫(こすげ・まさお)

獣医師。札幌市環境局参与(円山動物園担当)、旭川市旭山動物園元園長。北海道大学客員教授。国立動物園をつくる会代表。北海道札幌市出身。北海道大学獣医学部卒業後、1973年に旭山動物園入園。飼育係長、副園長などを経て、1995年に園長に就任。一時は閉園の危機にあった園を再建し、日本最北にして“日本一の入場者を誇る動物園”に育て上げた。2004年には「あざらし館」が日経MJ賞を受賞。2009年に同園を定年退職後、名誉園長となる。2015年には、札幌市円山動物園のアドバイザー(参与)に就任し、現在に至る。2017年公開ドキュメンタリー映画『生きとし生けるもの』では監修を務める。著作に『〈旭山動物園〉革命―夢を実現した復活プロジェクト』(角川新書)、『15歳の寺子屋 ペンギンの教え』(講談社)、『僕が旭山動物園で出会った動物たちの子育て』(静山社)、『動物が教えてくれた人生で大切なこと。』(河出書房新社)など多数。

松井ケムリ(まつい・けむり)

1993年5月29日生まれ、神奈川県出身。慶應義塾大学のお笑いサークル「お笑い道場O-keis」で髙比良くるまと令和ロマン(当時のコンビ名は魔人無骨)を結成。NSC東京校23期を首席で卒業後、2023年と2024年に「M-1グランプリ」で史上初の連覇を達成。2024年7月には「第45回ABCお笑いグランプリ」でも優勝。
X @smoke_matsui
YouTube official令和ロマン【公式】

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2025.08.07(木)
文=高本亜紀
写真=細田 忠