「誰……あれ」

あの女がいつの間にか車の脇に立ち、こちらを見ていました。
ニコニコと笑い、何やらパクパクと口を動かし、薄っぺらな病院着を着て、裸足のまま。
「誰……あれ」
ペタ。
「え?」
ペタペタ。
「ちょっ、ちょっ、え? え?」
ペタペタペタペタペタ。
その女は張り付いたような笑顔で口元を動かしたまま、こちらに向かってコンクリートの上を素足で走ってきたのです。
バン!
あっという間にボックス席の窓ガラスに両手を掲げて張り付いた女。
皆、後ずさりした姿勢のまま身動きできずにいたそうです。
女の右手がもぞもぞと動き出すと、手にはボロボロに汚れたガラケーが握られていました。女は口をパクパクと開き、何かを言っているようでしたがその声は全く聞こえません。
女はゆっくりと番号キーを押し始めるも、かすかに見えるガラケーの画面は真っ黒で、まるで電源が切れているようでした。
2025.05.04(日)
文=むくろ幽介