「ちょっと傷を見てみよう」

 私はバッグからティッシュを出し、そっと血を拭いてみる。少し粘性があって乾ききっていない。ミーちゃんはぜんぜん嫌がらず、おとなしい。まさか、ミーちゃんにまで暴力をふるう家族がいるのだろうか。私は、嫌な想像をふりはらって丁寧に血をぬぐう。

「あれ、ミーちゃんの血じゃないのかな」

 きれいに拭きとってみると、ミーちゃんはケガをしていないようだった。

「本当ですね。なんだったんだろう。ネズミでもつかまえたんですかね」

「それなら、口に血がつくんじゃない?」

 二人で首をかしげながら、沢田さんに電話してみることにした。

「もしもし、沢田さんの携帯電話ですか? あの、数日前にミーちゃんを見つけた者なんですけど……はい。そうです。同じ場所です。わかりました」

 山吹が電話をするあいだ、ミーちゃんを抱っこする。傘をさしたまま猫を抱くのは難しかった。傘の柄を肩と耳ではさむようにして、両手でしっかりミーちゃんを抱える。思ったよりずっしりと重くて、あたたかくて、毛は湿っていた。

「沢田さんの息子さんが迎えに来てくれるそうです」

「また逃げちゃうなんて、困っちゃうね」

 逃げちゃうミーちゃんも、だけれど、何度も脱走させてしまう飼い主さんにも責任があるのではないかと思ってしまう。自分だったら、一度脱走させてしまったら絶対に二度目はないように気をつける。

 タッタッタと駆けるような足音とともに、大きな傘が近づいてきた。

「あ……すいません、沢田っす」

 柔道でもやっていそうな、大きな体の青年だった。

「じゃ、すいませんでした」

 青年は、高校生くらいだろうか。その年齢特有の不愛想な感じで、それでも手際よくミーちゃんをケージにいれて私たちに頭をさげた。

「あの、ミーちゃんのお顔に血がついていたので、拭いてあげたんですけど……」

 青年の顔色がサッと青ざめる。

「ミーちゃんの血じゃないっす。……じゃ」

 青年は顔をふせるようにして、駆けていってしまった。

2024.11.19(火)
文=秋谷 りんこ