「卯月さんたちのおかげで、おばあちゃんは治療を開始して、訪問看護も導入しました。母子家庭の手当ももらっていなかったので、その援助も始められましたし、沢田さんご自身もそうとうお疲れだったので、心療内科に通い始めることができました。息子さんへのケアもはじまっています」

 私は、ホッと胸をなでおろした。

「それは本当によかったです。病棟では、医療につながったあとの患者さんにしか看護ができません。でも、地域では、誰に相談すればいいかわからないまま大変な状況に置かれている方がたくさんいらっしゃるんですね。樺沢さんと民生委員さんがいてくださってよかったです」

「とんでもないです。卯月さんたちが気づいてくださらなかったら、また私たちの手からすり抜けてしまうところでした……。ところで、どうして沢田さんのお宅のことに気づいたんですか?」

「ああ、それは……」

 私は、最初に山吹が駐車場で猫を発見してからのことを話して伝えた。

「そういえば、私がお宅に訪問したとき、猫ちゃんいました。きれいな三毛猫ちゃんですよね」

「そうです。もう家出していないかな。脱走の常習犯なんです」

「ぜんぜんそんな感じじゃありませんでしたよ。おとなしくて、外に出ようなんてまったくしていませんでした」

 脱走に少しはこりたのだろうか。家で穏やかに暮らしてくれているなら一安心だ。

 山吹と職員駐車場を突っ切って歩きながら、樺沢さんとの会話を伝える。

「ミーちゃんのおかげですね!」

 山吹が、笑顔を見せる。

「そうだね。たしかに、ミーちゃんに会えなければ、今回の介入はできなかったね。ミーちゃんなりに、家のなかの居心地が悪かったのかなあ」

「いや、違いますよ。ミーちゃんは、自分の家族が大変な目にあっているって、理解していたんですよ。それで、ミーちゃんは医療者に助けを求めるために、この駐車場で誰かに見つけてもらうのを待っていた……。だから、全部ミーちゃんのおかげです!」

 自信満々に、嬉しそうに語る山吹が空を見あげる。我慢してしまう人間と比べたら、猫は自由だし、つらいときはつらい、と言えるのかもしれない。人を頼ることに、罪悪感なんてもたないだろう。

 もしかしたら、本当にミーちゃんからのSOSだったのかもしれないな。

 我が家では、アンちゃんが待っている。私の大事な家族だ。いつまでも一緒に暮らしていきたいから、私も元気でいよう。そう心に決めて、空を見あげた。

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2024.11.19(火)
文=秋谷 りんこ