何度も頭をさげてからケージを抱えて去っていく沢田さんを見送る。
「ラーメンはまた今度ですね。よっちゃん寿司行きましょう!」
元気に言う山吹の声がどこか遠く感じる。沢田さんのロンTからのぞく細い手首に見えた、誰かにつかまれたような濃い内出血が目に焼き付いていた。
「手首につかまれた痕って、DVとかですかね?」
山吹が、うに軍艦を頬張りながらもごもごと話す。せっかくクーポンをもらったからと、ラーメン屋ではなくよっちゃん寿司に来た。
「わかんない。何かでケガをしただけかもしれないし、もしかしたら内出血に見えただけでうまれつきのアザがある方かもしれないし……」
「ミーちゃんのことはかわいがっているように見えましたけど、全体的にちょっと疲れてそうでしたよね」
「うん。ずいぶん痩せているようだったし」
他人様の体型や顔色から、健康状態を勝手に推察してしまうのは、看護師の悪いクセであると思う。よくない事態を想定するのも、この仕事ならでは、な気がする。
たとえば見ず知らずの人でも「あの人、黄疸でてる。肝機能悪そう。ちゃんと受診しているかな」など、医療につながっているか心配してしまうのだ。その人に言わせれば失礼な話だし、余計なお世話なのだろうけれど。
「もしDVかなんかだとして、私たちに何かできることってありますかね」
「うーん。今の段階では、なさそうだよね」
「ですよねえ……」
私はホタテのお寿司を口にいれる。沢田さんは、「お寿司なんて食べに行かない」と言っていたけれど、今頃何を食べているのだろう。
家に帰ると、ニャニャッと鳴きながらアンちゃんが出迎えてくれた。いつも以上に玄関の開け閉めに気を遣う。脱走予防の金網などを設置している家もあると聞くけれど、賃貸では限界があるので、いつも慎重に家に入るようにしている。
「ただいま」
アンちゃんがスンスンと鼻を鳴らしてニオイを嗅いでくる。よその猫ちゃんを触ってきたから、気になるのだろう。
2024.11.19(火)
文=秋谷 りんこ