売れると同時に大阪から東京に出てきたものの、仕事は一年で半分になり、もう一年で営業以外の仕事はすべて消えた。東京の家賃が重くのしかかってきた。

 夢が叶わないことよりも夢を叶えてから底に沈むことの方が恐ろしいなんて、芸人を始めた頃は夢にも思わなかった。

「お前ら、七年は沈むぜ。でも、七年経ったらまたサイクルが変わってチャンスがくる」

 そう言ってくれた先輩がいた。だいたい世の中の流れが変わって、社会の記憶がリセットされるまでにそのくらいの年数がかかるのだというのがその人の持論だった。

 偶然なのか、先輩の見事な推察が当たったのか、飽きられて七年後となる今、念願の全国ネットのゴールデンに出る機会を得られた。ここで“昔リズムネタやってた印象しかないけど意外と実はふつうに力あったんだ芸人”のポジションを摑む。あの時より小さくていい、とにかくもう一度、波を起こしたい。

「それじゃあ、今日のトーク、爆発期待してます」

「でっかいくす玉、割ってやりますよ! ぱんぱかぱーん!」

 言い終えたあとに数秒の無音。

「はい、ありがとうございますー」

 おれのコメント撮りが終わり、ディレクターさんは次の出演者へとカメラを向ける。七年前はまだそこまで番組側がSNSに力を入れていなかったので、予告動画なんて初めてだった。勝手が分からないし、手応えも判然としない。

 おれは恥を忍んで、隣のバンビちゃんにひそひそ声で訊いた。

「おれのコメントさ、大丈夫だったかな」

 バンビちゃんも小さな声で「問題ないっしょ」と返してくれた。

京極 バンビ
京極 バンビ

「おれのコメントさ、大丈夫だったかな」

「問題ないっしょ」

 うるせえ話しかけんな、と思いながら、あたしは義務的にそう返した。幸い、他の出演者の事前告知Vの撮影中なので、それ以上会話を広げずにすむ。

 集中したい。

 人を殺すことをずっと考えてた。ぶっちゃけここ一ヶ月はほぼそれに使ったと思う。頭の中で何度もシミュレーションしたし、勇崎恭吾さんの顔を思い浮かべながら、その腹に包丁を突き立てるアクションの練習もした。例えば(したことないから雰囲気で言うけど)大学受験するなら何年も勉強してから本番に臨むわけじゃん? なら人を殺すのにもほんとはそれくらい準備が必要だと思う。人殺す子の方が受験する子よりずっと少ないんだし。本当ならもっと入念に準備を重ねたかったけど、こういうのはタイミングとか縁が大事だから仕方ない。

2024.07.07(日)