「市原野球です、よろしく。バンビちゃん、もしよかったら今度飲もうや。将来ぜったいハネる俳優の卵とか放送作家連れて行くから」「はは、どうも」――楽屋挨拶に行った際、そんなやりとりを交わして閉口したのを覚えている。シンプルに、俳優の卵も作家も興味ない。

 市原はカメラに向けてメイク室で起きたできごとを短くまとめて話し、軽くウケをとって締めていた。さすがの力量。

「次はむらさきさんお願いします。今日はなんとレコーディング終わりらしいですね?」

「そうっすよ! マジ、体力全部スタジオに置いてきて空っぽなんで、一人だけハンデありで闘うみたいな感じなんすけど」

 カメラに向けて甘ったるい声で文句を言う、“女優抱いてきた系バンドマン”村崎かなめ。二十一歳。直近出演は『Mステ』『CDTV』などの音楽番組のほか『ボクらの時代』など。

 ロックバンド〈いくせいそうの待ち人〉のギターボーカルで、TikTokきっかけで売れたタイプ。アイドルに提供した曲がヒットしたりもしてるので金はありそう。芸人の音ネタに協力したりもしていて、市原と同じく交友関係が幅広い。色白マッシュヘアーに線の細い体軀、サブカルチャーを背負う気概の見えるルックス。可愛い顔して、インスタライブとかツイキャスで配信してるときに、言っていいラインと駄目なラインを見誤ってときおり炎上してる。曲調も顔もバンド名のセンスも、全ての要素があたしの好みとは完全に合わないので逆に清々しいくらいだった。

 『初めまして。今度かなかな(村崎くんのことです)と共演されると思いますが、放送中以外は彼に近づかないで下さい。あの子四、五歳年上の共演者がいるとすぐ子犬みたいについていっちゃう癖があるから、京極さんにも迷惑かけちゃうかも(汗の絵文字)』――この特番の出演情報がオープンになってから、そういう主旨のDMが数通届いた。母親目線の痛いファンを多数ようするモテバンドマンとして理解した。心配しなくても年下には興味ないよ。

2024.07.07(日)