「ま、あたしのも響きが可愛いからつけただけなんですけど。バンビって鹿だから、鹿と馬であたしたちお馬鹿コンビですね」
出会ってまだ数十秒なのに、もうすでに打ち解けているような錯覚を覚える距離感。売れても腰が低いし、それでいて懐に入り込んでくる人なつっこさもある。そりゃ売れるよな、スタッフさんにも気に入られそうだ。
「バンビちゃん、めちゃくちゃ忙しいでしょ」
「おかげさまで、昔よりは。けどあたし、どのお仕事よりもこの番組がいちばん緊張してるかもしれないです」
「ああ……それは間違いないね」
「昨日の夜とか今日の台本の最初のページずっと写経してました」
「いや、最初のページほぼ滝島さんのMCでしょ」
バンビちゃんの距離感につられて、おれも気安くつっこみを入れながら笑う。すごくリラックスできてる気がする。
「え、でも仁礼さんも台本ちゃんと把握してますね」
「おれ、一回見たものとか聞いたもの、忘れられないんだよね」気がつくと、あまり人に話さないことまで話してしまう。「全部きれいに覚えちゃうから。台本もすぐ全部頭に入っちゃう」
「え、めっちゃ便利じゃないですか。いいなぁ」
「いや、これがもう地獄。スベった収録のスタッフさんの表情とか舞台で失敗したときの相方のテンパった顔とか、マジで全部忘れらんないの。風呂でシャンプーしてるときとか夜寝る前とかにちょっとでも意識しちゃうと、全然頭から引き剝がせなくて毎回吐きそうになる」
「そっか、嫌な記憶も忘れられないんだ。それは大変」バンビちゃんは口元に手を当てて驚きの所作を見せたのち、すぐに顔をほころばせて、
「でも、台本覚えれるのはすごくいいことじゃないですか。仁礼さん、まじあたしがテンパっちゃったら助けてくださいね。こういうときってマジ、芸人さんに頼りっきりになっちゃうんで」
助けてほしいのはおれの方なんだよな、なんて弱音は吐きたくなくて、とはいえ「任せといて」なんて口が裂けても言えなくて(おれはさっきまで緊張して手を震わせてた芸人なのだ)、少し話を逸らす。
2024.07.07(日)