「時が止まったのかな、ってくらいスベった収録だったんで、印象深くて覚えてます」これはちょっと噓だ。時が止まったのかなってくらいスベった収録なんていくらでもあるから印象深くもなんともない。単純に、おれがあらゆることを覚えているというだけだ。

「せやせや。あまりに哀れで、俺から誘ったんよな。俺が後輩誘うの相当珍しいからな」

「スベったおかげで滝島さんと飲みにいけたって考えると、案外不幸中の幸いっていうか、逆にもう“幸い中の不幸”だったのかもしれないです」

「どういうことやねん」まだMCとしてのスイッチを入れてはいないらしく、テレビ画面越しでいつも見るようなシャープなつっこみは飛んでこない。ゆったりと微笑している。そりゃそうだ、前室でばりばり肩回してるMCは何か嫌だ。

「緊張してるんやろ」

 滝島さんがいたずらっぽく言った。その視線の先には、おれが身体の前で組んだ手。小さく震えている。

「いや、そりゃ緊張しますよ。ただでさえ超久しぶりのテレビだし、生放送だし、しかも内容が内容だし……」

「確かに、ブランクあっていきなりここに放り込まれるって、無茶苦茶シビれるな」

「ほんと、今回のも何で呼んでもらえたのか全然分かってなくて……けど、たぶんこんなチャンスもう二度と来ないから、絶対に摑みたくて」

 この特番で爪痕を残すこと――それがおれの今日の使命。

 この仕事が決まったときの、相方の顔と激励の言葉が浮かぶ。

 ――この特番で流れ変えるぞ。ぜったいにカマせ。間違っても一ターン目追放(・・・・・・・)だけは避けろ。

 本当なら自分が出たかった、という思いが表情筋を支配していた。おれも相方が出た方が良かったと思う。マネージャーも相方が出た方が良かったと思ってたと思う。

「呼ばれたからには、全力でやれよ。お前が呼ばれたことにも、制作側の意図がある。俺がいくらでもフォローするから、頭使って臨めよ」

 滝島さんの言葉が、震える手を包むようだった。

2024.07.07(日)