「そんな強いエピソードがすっと出てくるレベルなんですね」

 これから全国ネット生放送でエピソードトークをする立場の芸人として、身が引き締まった。

「たぶん他のスタッフに聞いたらみんな違うエピソード教えてくれると思う、っす」

 最後はほぼタメ口になりかけていたのをギリギリで踏みとどまってくれたらしい。だが、それよりも気になる点があった。

「そんなドジエピソード持ってるプロデューサーが、この特番仕切れるんですか。しかも生放送で」

 プロデューサー批判に聞こえないよう、おどけた口調を強調して訊くと、

「幸良P、ドジだし仕切りは苦手だけど、テレビへの愛は人一倍なんすよ」

 そう言ってピンマイクをしっかりセットすると、音声さんはぱんぱん、とおれの背中を叩いた。

「声、震えてますけど。頑張ってください」

 一瞬、おれは自分がかけられた言葉を理解できなかった。ひょっとしてこの音声さん知り合いだったのか? と思ったがそれはない。おれの記憶にこの人の顔も声も存在しない。初対面だ。

 初対面の二十代の青年スタッフに、気安く背中を叩かれて軽々しい応援の言葉を吐かれる。その行動の意味をもう一度そしやくして、ようやく理解した。

 そっか。

 おれ、められてんのか。

「今日の衣装は、スーツなんすね」言外のニュアンスをわざとらしく込められる。やはり気を遣う相手として見なされていないのだ、と受け止める。

「まあ、トーク番組なんで。スタイリストさんが選んでくれたんです。『すべらない話』とかも、やっぱみんなスーツじゃないですか」

「えー、絶対あの衣装で出るべきでしたって。じゃないと視聴者、誰かわかんないですよ?」

 最近のスタッフさんってこんなにぐいぐい来るの? という尻込みと同時に、それもおれが舐められてるからだとすぐ解答が出る。本番三十分前にしてもう精神がすり減って消えてしまいそうで、すぐにでもこのやり取りを終えたいと思っていたところに、おれとも音声さんとも響きが違う、ハリのある声が飛んできた。

2024.07.07(日)