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景勝地としても名高い「三保の松原」へ

 今回のメンバーは、私と、オール讀物の編集者、八馬祉子さん、内藤淳(ないとうじゅん)さん、そしてカメラマンの橋本篤(はしもとあつし)さんの四人である。ペーパードライバーの私と、免許を持たない編集者二人……ということで、橋本さんに運転を一任。鰻でエネルギーをしっかりチャージしたところで、一路、清水灯台の建つ三保半島へと向かった。

 三保と言えば、景勝地としても名高い「三保の松原」がある。まずはその三保半島の中心にある「御穂(みほ)神社」に参拝して、旅の無事を祈ることに。

 御穂神社は、延喜式(えんぎしき)にもその名を記す古い神社である。冬ということもあり、観光客もおらず静かであったが、確かに歴史を感じさせる佇まいである。神社に行くと、必ずそこの縁起を読んでみるのだが、何でもこの神社には、天女の羽衣の切れ端が奉納されているのだという。

 むむ……ちょっと待て。

 謡曲『羽衣』と言えば、謡曲百番の中でも有名な演目の一つである。

 〽いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを

 この一節を初めて聞いた時、なんという美しい言葉の響きであろうと、しみじみと思った。

 これは、漁師に天の羽衣を奪われた天女が、羽衣を返して欲しいと頼む場面で出て来る。漁師は「舞を舞って欲しい」と言うが、「裸のままでは舞えないので、先に返して」と頼む。しかし漁師は「先に返せば、舞わずに天に帰ってしまうだろう」と拒んだ。それに対して天女は言う。

「疑っているのは人であって、天は偽らない」

 何とも、誇り高い天女のお答えである。

 これは漁師と天女の問答なのだが、さながら人と天の関係性をそのままに表しているようだ。人は疑い深く弱い。一方で天は揺るがず、偽らず、そして時に残酷なまでに強い。

 ……それはともかくとして、この御穂神社に納められているものが羽衣の切れ端なのだとすると……

「漁師め……ちょっと千切って持ってたってことか」

 やはり疑いは人にある。

 気を取り直してふと目をやると、神社からまっすぐに松並木の参道が延びている。それは海へと続いているのだという。

2024.05.31(金)
文=永井紗耶子
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2024年5月号