思うに、良い小説とは多くの場合、諦めについて書かれている。その諦めに到るまでの道筋こそが人生そのものだ。そして諦めの先にぼんやりと光明が垣間見えたとき、それを達観と呼ぶことができる。『星落ちて、なお』というタイトルはなかなかに味わい深い。たとえ求めるものが手に入らずとも、道標を失ったとしても、人生はつづいていく。最終的にとよが得た達観は、目新しいものではないかもしれない。しかしそれは波乱に満ちているようでそのじつ穏やかだったとも言える長い人生のなかでもがき、あがきながら摑み取ったかけがえのない彼女の真実だ。その真実さえ捉えて昇華させることができたなら、絵にしろ小説にしろ凡作であるはずがない。星落ちてなお空には無名の星たちがまたたいている。絵師としてのとよは、暁斎ほどのまばゆい存在ではなかった。絵の道を志す者たちを燦然(さんぜん)と導く北極星ではなかった。それでも、星屑のような彼女の放つほのかな光に救われる者はかならずいる。その意味で本書は間違いなく、ひとりの芸術家の真実の物語なのだ。

星落ちて、なお(文春文庫 さ 70-3)

定価 891円(税込)
文藝春秋
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2024.05.09(木)
文=東山彰良(作家)