美味しいものを食べているとき、一番気持ちが活性化している
――執筆の時間も、ある程度決めているのですか?
決めてはいないんです。自分のなかにモヤモヤが溜まって、「これ書けそうだな」という思いが強まり始めたら、何日か前から「この日に書こう」と決めて、書く。そんな感じです。
書く時間は、午前中の方がはかどりますね。夜になるほど怠けてしまうので、「書く」と決めた日は、朝起きてすぐ書く。そして書き終わってから好きなことをやるようにしています。
昔は夜型だったのですが、仕事を始めてからは、なぜか朝型になりました。
――お芝居の時と書いている時の「松井玲奈」に違いはありますか?
お芝居の時は、現場の波に乗ってお芝居をしているので、まわりに委ね、起きたことに対して受け身で反応している部分が大きいです。
それに対して、書く時、特にエッセイを書く時は、自分から波を起こして、その波に乗っていかなければいけません。ですから、自家発電なのかそうじゃないのか、というところが大きな違いだと思っています。
――今回のエッセイではいろいろな角度から「波」を起こされています。テーマはどんなふうに見つけているのですか?
私は自分の好きなことにはのめり込む反面、興味のないことにはとことん興味がないので、常日頃アンテナを張っているというよりは、自分がそのときに興味・関心があることについて書いているように思います。
たとえば「ベイキング」を書いたのは、「今はもうベイキングにしか興味がない」みたいな時でした。いまはもうベイキングは“卒業”して、編み物にハマっているのですが、あの時は生活の半分以上をベイキングが占める毎日を過ごしていたので、自然と「よし、ベイキングのことを書こう」という流れで書きました。
凝り症なところがあるのですが、関心がないことはほとんど忘れてしまうので、自分の意識が向き、フォーカスしやすい状態のなかから生まれてくる作品ばかりが残っているのではないかと思います。
――松井さんの食べ物のエッセイは、食べ物への愛を感じて、読んでいてとても楽しいです。
ありがとうございます。多分私のなかでは、美味しいものを食べている時が、一番気持ちや脳が活性化しているからだと思います。
友人が全然覚えてない食事の内容を「あなたはこれを食べて、これが美味しいって言ってたよ」と覚えていたりするのも、私が美味しい食べ物に強い興味があるからなんだろうなあと思います。
いつ、どこで、誰と食べて、どんな盛り付けで、味付けはどうだったか、などを事細かに覚えているのですが、それは、美味しいものを食べる時は、幸せで記憶にインプットされやすいからだと思います。だから書いている時も楽しくて幸せで、それがそのまま文章に出ているのかもしれませんね。
――昔から食べることは松井さんにとって特別だったのですか?
そうですね、子どもの頃から映画でも絵本でも物語でも、食べ物が出てくる作品がすごく好きでした。でもそれは、私が偏食で、小学校入学までほとんど食べられるものがなかったから、という理由もあると思います。親はホットケーキに野菜を混ぜるなど、かなり食事に苦労していたそうです。
そんな子どもだったので、自分が本当に美味しいと感じたり、食べる楽しさを人と共有したりという経験がなかったんですよね。なので、大人になって友達と同じものを食べて「これ、すごく美味しいね」と共有できる時間を、すごく特別な体験に感じます。
2024.04.28(日)
文=相澤洋美
写真=佐藤 亘