この記事の連載
- “不可思議な隣人”前篇
- “不可思議な隣人”後編
無表情でこちらを見つめている子
リビングにあるテーブルの端で2、3歳くらいの女児が子ども用のプラスチックの椅子に座ってジッとこちらを見つめていたのです。
「え、誰この子……」
もうお子さんがいらっしゃったのか。じゃあ、お腹の子は2人目か。いやはや、Mさんは本当にバイタリティがある人だ。
その子は微笑みかけても無表情でこちらを見つめていたそうで、突然の来客に警戒しているのかなと、Aさんは考えました。
そんな風に考えていると、Mさんが廊下の奥から姿を現しました。途中、リビングのドアが開いていたことに気づいてドアを閉め、申し訳なさそうに駆け寄ってきたMさんの手には大きめのエコバッグが握られていました。
「遅くなってごめんなさい! はい、これ」
「なんですかこれ~、わあ、ずっしり」
「実家から大量に送られてきたみかん。うち、みかん農家で毎年すごい量が届くんですよ。食べすぎて肌が黄色になっちゃうくらい」
「私、みかん大好物ですよ!」
「良かった~! まだまだあるので足りなかったら言ってくださいね」
「ありがとうございます~。でも、娘さんの分もあるだろうし、そんなにたくさんはもらえないですよ~」
「娘?」
Mさんの見せたキョトンとした顔を、Aさんは今でも忘れられないそうです。
「あ、いえ、なんでもないの。じゃあ、ありがたく頂戴しますね!」
「ぜひぜひ!」
家に帰って旦那さんともらったみかんを食べながら、Aさんはさっきのできごとを思い返していました。
「見間違いだったのかな」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
無表情でこちらを見つめていたあの女の子の顔。
そのときになって初めて、Aさんは自分が恐ろしいものを見てしまったのではないかと感じたそうです。
2024.04.24(水)
文=むくろ幽介