この記事の連載
- “不可思議な隣人”前篇
- “不可思議な隣人”後編
ある視線に気がついたのは…
ピンポーン。
その日、Aさんはお隣を訪ねていました。
「あら、Aさん。どうかしました?」
「ごめんなさい、忙しかった?」
「いえ、大丈夫ですけど」
「実は、夫が仕事でもらってきた試供品のクッキーが結構余っちゃって……」
「え、いただけるんですか! こんなにたくさん申し訳ないです」
「むしろもらってくれて助かります。これ、オーガニックなやつで、カロリーもそこまで高くないやつだからMさんでも食べられるかと思って」
「あ、そうだ。お返しできる物あるかも……」
「え、いいですよ、気使わなくて!」
「こっちも余っちゃっているものだから……。今袋に入れてくるので、なかに入っていてください」
お返しをもらうことにAさんは一瞬申し訳なさを感じたそうですが、屈託のない笑顔でいそいそと動くMさんの姿を見ているうちに、距離が縮まったのかなという実感が湧いてきたそうです。
廊下の奥に消えていくMさんの背中を目で追いかけている途中、ふと、リビングに通じるドアが開いていたことに気がつきました。
リビングには赤ちゃん用のグッズがいくつか置いてあり、その雰囲気は同じ間取りの自分の家とはまるで異なっていました。家庭が新しい命を心待ちにしているというのはここまで家の空気を明るく変えるものなのか、Aさんはそう感じたそうです。
その視線に気がついたのは、そのときでした。
2024.04.24(水)
文=むくろ幽介