この記事の連載

 井上荒野さんの短編集『錠剤F』(集英社)と『ホットプレートと震度四』(淡交社)が2024年1月に上梓されました。不穏な空気が漂う「黒荒野」作品『錠剤F』と、温かな物語が詰まった「白荒野」作品の『ホットプレートと震度四』という対極の2冊について、執筆テーマを伺います。

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孤独をテーマに織りなす10の物語

――10の物語から成る短編小説集『錠剤F』には「グロテスクで怖い」という帯の通り、全体的にどこか暗い雰囲気のある小説が収載されています。

井上 短編を連載する時はテーマを決めているんです。数年前に短編集『赤へ』を書いた時は「死」をテーマにしたから、今回は「孤独」をテーマにしようと決めました。

――孤独はご自身にとって身近なテーマなんですか?

井上 ほとんど思いつきだったのですが、いざ書き始めたら「いたるところに孤独は転がっているんだな」と感じました。

――10の物語の中で、特に思い入れのある作品はどれですか?

井上 全部好きですけど、やっぱり表題作の「錠剤F」かな。あと、「みみず」も気に入っています。

 「みみず」は最初、全く違う話を書くつもりだったんです。編集者と話をしている時に「最近は、結婚や子どもを作る目的以外でセックスすることを暴力だと感じる若い人がいる」という話題になって、「今はそういうことになっちゃっているんだ」とびっくりした。

 それで、最初は私と同年齢か、少し年下ぐらいの女性が若い男性と付き合う話を考えたんです。若い男性は、性欲を抱くことを暴力だと思っている。でも、そうじゃない価値観の女性と付き合ったら、どういう風になるかなって。けれど、あんまり面白くなかったんですよね。「最近の若いやつは草食だ」みたいな話になっちゃって。

――「みみず」の主人公の保育士の女性は、通園する子どもの父親と不倫関係になっています。

井上 振り子が逆にふれました。「みみず」の主人公は自己肯定感がすごく低い人なんだけど、性的な体の機能、つまり「みみず1万匹だね」と言われた言葉にすがって生きてる。初めの構想と真反対の作品になっていって、面白く感じました。声を大にしては勧めにくい話ではあるんですけど、自分では気に入っています。

2024.02.12(月)
文=ゆきどっぐ
撮影=山元茂樹/文藝春秋