映画と“食”はどちらも素材から表象に変える表現
――第76回カンヌ国際映画祭にて監督賞を受賞したことについて、そして第96回アカデミー賞の国際長編映画賞でフランス代表に選出されたことについて、思いをお聞かせください。
(受賞も選出もどちらも)意外でした。審査員はいろんな個人がいますからどういう風に共感し合うのかは読めないものがあります。今年のカンヌはフランスの女性監督がパルムドール(最高賞)を受賞し(ジュスティーヌ・トリエ監督の『Anatomy of a Fall(英題)』)、アカデミー賞のフランスの代表としてその作品を選ぶこともできたので、私の作品を選んでもらったことはサプライズでした。
――監督は作品制作のためのアイデアはいつもどのように得ているのでしょうか。
いいアイデアであるかどうかを自分で察知すること、そしてそれをつかみとることは、なかなか難しいですよね。映画を1本作るにはエネルギーも時間もかかるので、どんなテーマでもいいわけではありません。本当にやりたいアイデアをうまくつかみとることがとても大切です。私がいつも基準としているのは、「これは自分にとって挑戦だろうか、そこには何かを賭ける価値があるだろうか」ということ。そこに合致するアイデアだったら映画にします。
映画をつくるときは喜びも楽しいこともありますが、それと同時に不安もあります。今回の作品のなかでドダンがウージェニーために料理を作りますよね。そして作っている間はちょっと不安そうに、「気に入ってもらえるかな?」という不安を抱く。これはまさに、私が映画を作るときの精神状態にとてもよく似ています。
――映画作家として、これからやってみたいことはありますか。次回作について、すでにアイデアや考えはあるのでしょうか。
いつも複数ありますよ。ただ、それを映画にするには時間がかかります。
――監督の『青いパパイヤの香り』(1993)、『シクロ』(95)、『夏至』(00)では、瑞々しさと郷愁などアジアの美的感覚が鮮烈に映し出されていて、食や文化などベトナムの魅力を知るきっかけとなりました。この先、監督が再びベトナムをテーマにした映画を撮ることはあるのでしょうか。
はい、複数ある企画のひとつはそうです。(ベトナムをテーマとして)いま考えているのは出演者が女性だけの作品で、5~12人の女性たちが月に一度キッチンに集まって料理をして話をする、という内容です。まだ何もはっきりとは決まっていないんですけどね。
――先に「“食”はアートである」、という言葉がありました。映画もアートのひとつです。映画と“食”、ふたつの芸術の共通点と相違点について、どのようにお考えでしょうか。
映画と“食”は、言語としてはかなり異なっていると思います。唯一似ているところは、調理をする前に素材を大地からとってくる、“準備の前段階”があることですね。映画も同じです。私は監督であり脚本も書いていて、本当にあちこちの土地を耕し、種を撒くようにして、脚本を作り上げていきます。そして撮影では現場にスタッフとキャストが集まり、皆で収穫する。そして収穫したものを今度はポストプロダクションで、どういう風にすれば売れるだろうかと考える。育てて調理して市場に出す、そういったところが似ているかなと思います。
芸術はどんなものでも、素材そのものを差し出すのではなく、素材を加工し新しい表現に作り上げる――そういうところがありますよね。それは“食”もそうです。肉や野菜などの素材を調理することで料理というものにトランスフォーメーションする作業がある。そして、それがひとつの表現になる。映画も同じです。人間の経験をどのように作り上げ映像化して、観客のみなさんに見てもらえるようにしていくか。そういう意味では言語は違うけれども、どちらも素材から表象に変えるという表現方法なのです。
トラン・アン・ユン TRAN ANH HUNG
1962年、ベトナム生まれ。1975年にベトナム戦争から逃れ、両親と弟とフランスに移住。1987年にエコール・ルイ・リュミエールにて映画制作を学び、1993年に『青いパパイヤの香り』で長編映画監督デビュー。カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)とユース賞、セザール賞で新人監督作品賞を受賞。1995年に2作目の『シクロ』でヴェネチア国際映画祭にて最年少で金獅子賞を受賞。そのほか、『夏至』(00)、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』(09)、『ノルウェイの森』(10)、『エタニティ 永遠の花たちへ』(16)など。『ポトフ美食家と料理人』(23)はカンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した。
映画『ポトフ 美食家と料理人』
2023年12月15日(金)
Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下
シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督:トラン・アン・ユン 脚本・脚⾊:トラン・アン・ユン
出演:ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル
料理監修:ピエール・ガニェール
配給:ギャガ
原題:La Passion de Dodin Bouffant/2023/136 分/フランス/ビスタ/5.1ch デジタル/字幕
翻訳:古田由紀子
2023.12.13(水)
文=あつた美希
写真=榎本麻美