私の人生を反映して、夫婦愛を描きたいと思った
――監督はガストロノミーについて、もともと興味があったのでしょうか。映画の原案である、小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』との出会いについてお聞かせください。
20年前から“食”に関する映画ができないかなと考えていて、いろいろな本を読んできたなかにこの本があったんです。実はもう1冊、(映画の原作の候補として)日本を舞台にした本もあったのですが、プロデューサーの判断でドダンの本になりました。もう1冊の本について今ここでネタバレはしませんが、やはりガストロノミーをテーマとした女性の料理人についての物語でした。
――映画のストーリーが原作のままでなく、監督が小説から着想を得てオリジナルの脚本を執筆したことについて、「そうすることで、ウージェニーとドダンの関係を自由に想像することができた。2人の関係の美しさは、その絆が簡単に壊れないところにある」と説明されていますね。
そうです。脚本は、小説でガストロノミーの描写があった数ページからインスピレーションを受けました。人物と“食”について語られている部分です。ただ原作のストーリー自体はあまり好きではなかったので、映画のストーリーはその“前日譚”として、「その前はどうだったのか」を考えてつくりました。
――20年前からずっと考えていたというと、監督が“食”に興味をもつきっかけは本以外にもあったのでしょうか。
私の最初の食育は母によるものです。私の家は労働者階級でしたので、子どもの頃は家そのものにも周囲の環境にも美しさはあまりありませんでした。そんななかで唯一、「ここには美しさがある」と思ったのは、母のキッチンでした。母が市場から持ち帰ってくる野菜や果物、まだ生きている魚や動物を準備してくれて、私たちが料理を食べると本当に美味しくて、「なんて幸せなんだろう」と思いました。母はとても素晴らしい料理人で、私の義理の母も素晴らしい料理人で女優でもあります。そして今回の作品に参加してくれている私の妻も、やっぱりとっても料理が上手なんですよ(笑)。
――この映画を1人の観客としてみて、感情移入するのはどのキャラクターでしょうか。
ドダンです。
――この映画の最後には、「(トラン・ヌー・)イェン・ケーに捧ぐ」とあり、監督はこの映画を奥様に捧げていらっしゃいます。ドダンとウージェニーの20年以上続く関係は、監督と奥様との結びつきに通じる面があるのでしょうか。
その通りです。この映画は私の人生を少し反映しているような内容で、夫婦愛を描きたいと思っていました。退屈にならないように夫婦愛を映画で描くのは、実はとっても難しいんですよ。
――この映画では“食”と同じくらい料理人のウージェニーと美食家のドダンの結びつきも丁寧に描かれています。円満な夫婦のように長く続く愛情関係とガストロノミーについて、監督は何か共通するものを見出したのでしょうか。
そうですね。お互いの価値を認め合い評価し合うこと、そしてちょっと距離を置くことも大切です。例えば劇中のウージェニーのように、ドダンのために部屋のドアをいつも開けてはおかない、ちょっとした反抗も時にはもっておくところは、互いの欲望を長持ちさせるコツかなと思います。
――この映画について、読者へのメッセージを一言お願いします。
みなさん、この映画を見ながら、人生に、愛に、心のドアをオープンにしてみてください。
2023.12.13(水)
文=あつた美希
写真=榎本麻美