『青いパパイヤの香り』『ノルウェイの森』のトラン・アン・ユン監督が、最新作『ポトフ 美食家と料理人』を発表。『美味礼讃』の著者である美食家ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランをモデルにした小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』(マルセル・ルーフ著、1920年初版)を原案に着想を得て、オリジナルの脚本を執筆し映画化した。劇中の料理監修は三ツ星シェフのピエール・ガニェールが手がけ、舞台となる邸宅はフランス北西部アンジュー地方にある小さなシャトーで撮影し、伝統的なフランス料理と19世紀末の暮らしを再現。フランスの名優ジュリエット・ビノシュと彼女の実生活の元夫であるブノワ・マジメルが20年ぶりに共演し、料理人と美食家の確かな結びつきと“食”への情熱を描いている。

 農業と“食”への思い入れ、この映画を捧げた妻との関係、2023年の第76回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したこと、映画作家としての制作について。美しい自然の映像と共に人のつながりを丁寧に映し続ける監督に、この作品への思い入れとこれからの創作について伺った。


“食”はアート。正統な“本物”を映像化した

――この作品では美食家と料理人の結びつきと“食”への情熱が描かれています。映画のテーマをガストロノミー(食道楽、美食学)とした理由についてお聞かせください。

 私にとって“食”はアートです。監督として芸術を映像化したいという気持ちが私はとても強い。例えば高名な画家を描くとなると、そこにはどうしても嘘が入ってしまう。でも“食”の場合は正統な“本物”を映像化することができますからね。

――この映画で正統な“食”を映像化するためにどのようなことを心がけたのでしょうか。

 料理の場合、番組やCMのためにより美しくまがい物のようなものを作ることもありますよね。でも今回の私の作品では、それはしていません。料理はすべて本物です。スタッフたちは皆、映画の撮影で本物の料理を使うのは初めてのようでした。そして1日の撮影の終わりには皆でそれを食べるんです。食品ロスを何もしないために、私のポリシーとして料理は残さずに食べる、または持って帰って家で食べる、を実践していました。

――この映画は菜園で野菜を収穫する場面から映画が始まります。主人公を19世紀末のフランス料理人としたのは、農業を基本とするフランス料理の伝統を意識されたからでしょうか。

 そうですね。私たちが日々食べている有機農業で作られたものは、私たちの身体にとってとても良いものです。しかも大地にとっても良いもので、土壌や水源を汚染しません。そういう意味で、農業は有機であることがとても大切です。そして野菜はスーパーで売られているのではなく、大地からやってくることも見せたかった。だからこそ私は最初のショットを、野菜がまだ大地に根差しているシーンにしたんです。

――冒頭の料理のシーンでは、料理人のウージェニーがアシスタントの女性2人と共に、魚や肉、野菜などを次々と調理して、雇い主で美食家のドダンも自ら仔牛の肉を切り、クネル(白身魚のすり身を小麦粉や卵などと混ぜたもの)をつくります。この印象的なシーンの撮影について、チャレンジとなったことがありましたら教えて下さい。

 確かに、最初の料理のシーンはこれまでの撮影のなかで最高の挑戦だったと思います。なぜなら、今までの映画や映像で見たことのない形で料理を作っているような、調理のプロセスを見せたいと強烈に思ったからです。大変でしたが私がそうすることで、次に挑戦するほかの監督たちに、「こういうこともできる」と思ってもらえたらと考えました。

 調理場で動き回る料理人役の俳優たちの動線は非常に複雑で、ちょっとした振り付けのようですよね。そのなかでカメラはどう動くか、役者たちが本物の料理人のように調理道具を扱えるか、いろいろなムーブメントをすべて連携させなければならない。ほかの作品で料理の場面というと、登場人物たちが料理を作りながら喋っているような形でしか登場しないことが多いですが、私は彼らがあちこち動きながら、その手で実際に黙々と料理を作っている姿を見せたかったのです。

2023.12.13(水)
文=あつた美希
写真=榎本麻美