長回しは大好きな溝口監督から影響を受けた

――この映画で音楽は、最後に流れるジュール・マスネーのオペラ『タイス』をピアノ曲にアレンジした1曲のみで劇伴は一切ありません。料理するシーンではメインの照明に自然光を用いて調理過程をワンカットで撮影し、素材を焼いたり揚げたり煮立たせたりする音を際立たせています。そうした調理の音にこだわったのはなぜでしょうか。

 確かに音にはとてもこだわりがあります。編集の時は映像の編集をパパッとして、音の編集にすごく時間をかけます。私の場合、ポストプロダクションにおいてサウンドはものすごく重要なんです。なぜならそれぞれの意味と美しさをもつ映像に音が加わることにより、さまざまな風味を付け加えることができるからです。この映画では調理中のいろいろな音などを録音し、それらの音の存在感がしっかりとあることから音楽は使いませんでした。そうした音が音楽を排除したんです。映画の最後でしか音楽を使っていないのはそのためです。

――音が味わいや余韻を深め、映像をさまざまに際立たせることができる、ということですね。現代の私たちは音楽を含めてさまざまな情報を浴びるように受けているなか、日常の音に耳を傾けることはあまりないかもしれません。この作品ではそうした現代性についても意識されたのでしょうか。

 そうですね、とても意識しています。私はドダンとウージェニーが時間をかけて音を聞いている状況を作り出し、観客の人たちにも時間を感じてもらいたかったのです。料理は時間を大切にする格好の状況なんですよ。例えば調理でローストしている時は、素材が加熱され小金色になるのを待たなければなりません。時間はとても貴重なものですし、調理においてはそれが正確かつ的確でなければならない。私が今回ワンシーンワンカットを多用したのは、料理を作っている時のリアルな時間の流れを皆さんに感じてもらいたかったからなのです。そしてその長回しのシーンは、私の大好きな溝口健二監督から影響を受けています。

2023.12.13(水)
文=あつた美希
写真=榎本麻美