大島依提亜さんは映画や美術展のグラフィック、ブックデザインなどを数多く手がけるアートディレクター。中でも映画の世界観を印刷物というフィジカルなものに落とし込むマニアックなパンフレットはファンが多いことで知られています。

 今回から始まる連載では、大島さんが手がけた映画パンフレットを中心に、「映画の余談」をゆる~くしながら「大島さんの頭の中」を覗いていきます。


――映画のパンフレットって日本独自の文化だと言われています。

大島 そうですね。観劇のお土産であり、どんな映画だったかを反芻するためのものであり。

――昔はすぐに配信で観られるとか、そういう環境ではなく、公開が終わるとテレビで放映されるかビデオになるまで観られなかったし、それよりもっと昔は、再び上映されるまで観られなかった。観られない間はパンフを見て我慢するっていう(笑)。

大島 しかも、映画の副産物なので、それだけが単体で販売されることがなく、たまに出版社が絡んでパンフが作られ書店で売られることもあるけれど、そういったケースはまれなんです。

――基本、映画会社(配給会社)の宣伝費枠でつくられる販促物。映画館へ観に行かないと買えないレアグッズなんですよね。ということで、大島さんがどうやって、どんなパンフを作っているのかを知りたい! 見たい! という単純な思いからこの「ゆるい連載」を始めることにしました(笑)。パンフの話を聞きつつ、映画にまつわるお話をざっくばらんに訊けたらと。

大島 何回か続くわけですか?

――続けられる限り続けたいです。「映画の話」と「猫の話」はいくらでもできるじゃないですか、大島さんは。

大島 あはははは。

スコセッシも絶賛した狂気の映画『Pearl パール』

――じゃあ、まずは、大島さんの最新ワーク、タイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演の『Pearl パール』(現在公開中)のお話から。これは前作『X エックス』(2022年)の続編です。『X エックス』の日本公開版ビジュアルやパンフも大島さんが手がけました。

大島 『Pearl パール』は『X エックス』の続編ではあるけれど、前日譚、と言ったほうがわかりやすい。まず、『X エックス』がどんな映画かというと。舞台は1979年のアメリカ、テキサス。ポルノ映画の撮影隊が田舎の農場を借り切って撮影をしようとするんだけど、そこに住んでる猟奇的な老夫婦に襲われ、大変な目に遭ってしまう、というのがあらすじです。

――ホラーというかサイコスリラーというか。トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』(1974年)っぽい感じや、ヒッチコックの『サイコ』(1960年)っぽい感じもあったり。で、そこにポール・トーマス・アンダーソンの『ブギーナイツ』(1997年)的な70年代ポルノ業界の人たちが絡んでくるという。

大島 なので、『X エックス』のパンフについては、エロ本みたいにしたんです。どういう装丁のエロ本が70年代のアメリカで発売されていたのかをネットでいろいろと検索して。

――おお、研究熱心な。

大島 そうしたらもう、大変なことになっちゃった(笑)。

――Googleさんにそういう人だと判断されちゃった(笑)。

大島 そういうのが大好きな人だと思われ、ネットを開けばそういうオススメばっかり出てくるようになっちゃった(笑)。

――あはははは。

大島 で、その前日譚である今回の『Pearl パール』では、撮影隊を襲った老夫婦がなぜそうなったのか、老女パールがシリアルキラーになった軌跡が描かれる。だから、時代も60年前にさかのぼって1918年、同じ農場が舞台になっているんです。

――『X エックス』では、主役のポルノ女優・マキシーンを演じたミア・ゴスが、オーバー80の老女パールも特殊メイクをほどこして演じましたが、『Pearl パール』では20代のピチピチパールを再びミア・ゴスが演じています。

大島 プロダクションノートによれば、『X エックス』を撮ってる最中に次はパールを主人公にした続編を撮る、と決めたそうなんです。それでミア・ゴスもプロデューサー陣に加わり、脚本作りにも携わってタイ・ウェストと一緒に書いた。パールが主役の前日譚であれば『X エックス』のセットでそのまま撮れるから予算もかからないしいいじゃん、みたいな感じだったと。なので、『Pearl パール』はかなり短期間で撮ったそうなんです。でも、そうは思えない大傑作。

――確かに、前作よりも物語り的にもめちゃめちゃ引き込まれるものがありました。パールの毒母も強烈で。ああ、こんな家庭環境なら怪物になってしまうかも、っていう。

大島 ぼくも大変気に入りました。『X エックス』を観てなくても、この作品単体でちゃんと成立しているし、楽しめる。「続編」と言ってしまうのはもったいないぐらい。あのマーティン・スコセッシが「『続編』と呼ばれるものでこんなにすごい映画は観たことがない。眠れなくなるほどハラハラさせられた」と絶賛していたんですが、それもすごくわかる気がします。

2023.07.14(金)
文=辛島いづみ
写真=平松市聖