タイ・ウェストの「映画愛」に脱帽

――ちなみに映画は三部作で、現在撮影中の次作『MaXXXine(マキシーン)』で終章だと聞いています。

大島 次は、1980年代が舞台。『X エックス』のマキシーン(ミア・ゴス)がその後どうなったか、が描かれる。まだ映画は出来上がってないし、いつ公開かもわからないし、日本の配給会社も決まってないんだけど、パンフの最後に「カミングスーン!」で勝手に入れちゃいました(笑)。

――しかし、タイ・ウェストってかなりのシネフィルですよね。

大島 そうだと思う。彼のフィルモグラフィーってずっとホラーなんですが、すごく映画を観ている人だなって。とにかく、予算をかけずに1910年代の雰囲気を作るのは本当にうまい。『バビロン』(2022年)のデイミアン・チャゼルに「この映画を観ろよ!」って言いたい!

――あはははは。

大島 『バビロン』は1920年代が舞台だけど、その時代感が全然出せていないんです。厳しいことを言うけれど。なんというか、70年代の人が理想とする20年代、みたいな感じでリアリティがないんです。と言いつつ、ぼくもその時代を経験したわけじゃないんで、実際の20年代がどうだったかなんて知りませんけれど(笑)。

――リアルに経験した人はもうほとんどこの世にはいませんけれど(笑)。

大島 でも、『Pearl パール』にはリアリティがある。きっとこんな感じだったと思わせてくれるんです。『バビロン』に比べたらはるかに予算がないにも関わらず、ちゃんと1910年代を再現していて。何がそう思わせるのか、そこはもう「センス」の違いとしか言いようがないんだけれど。

――彼の映画への愛、ですかね。

大島 まさしく。だから、ダグラス・サークをテーマにしているところも秀逸で。サークはメロドラマの巨匠と言われていますが、すごくねっとりとした濃厚な人間ドラマを描くのがうまい人。そしてそれは、ホラーに変換できるドラマでもあって。いままでサークのオマージュといえば、トッド・ヘインズの『エデンより彼方に』(2002年)や『キャロル』(2015年)なんかがあるけれど、でもそれは物語のメロドラマ性を踏襲したもの。タイ・ウェストはそれを見事にホラー変換してみせたんです。よくぞそこに気づいたなって。ものすごい発見だなって。

――なるほど~。

大島 あと、彼は、最初はモノクロで撮ろうとしていたらしいんです。イングマール・ベルイマンぽく撮ろうとしたらしい。どこがじゃ! って感じなんですけど(笑)。でも、この映画を撮っていた2021年はモノクロ映画がたくさん発表された年だった。ジョエル・コーエンの『マクベス』、ロバート・エガースの『ライトハウス』、マイク・ミルズの『カモンカモン』。なぜだかわからないけれど、同時多発的なモノクロ流行り。だから彼は「ちょっと違うな」と思ったらしい。みんながやってるんだったら違うところへいこう、「逆にテクニカラー的な極彩色のものにしよう」と。タイ・ウェスト、いいとこ付いてるなって(笑)。

――彼はまだ若いですよね。1980年生まれなので今年43歳。業界ではまだまだ「若手」の部類ですが、映画愛は人一倍。

大島 もともと最初の出発点は、オマージュ的な映画だったし、やっぱりホラー映画の歴史をちゃんと踏まえてる人。だから今回の『Pearl パール』は本当にやりたいのはこういう映画だった、ということだと思うんです。そして、ジャンルに忠実になればなるほど、そのジャンルを飛び越える瞬間って映画だけじゃなく小説や音楽にもあるんですが、そういう感じがすごくあるなって。ホラー映画というジャンルを飛び越えてるなって。

――ホラー映画初のアカデミー賞ノミネートか!? なんていう期待もあったりしました。

大島 笑っちゃうようなシーンもあるし、「え!」という驚きもある。ホラー映画的な脅かしのようなことではなくてね。だから、かなり「徳の高い」映画だとぼくは思っているんです。

――徳の高い映画!

大島 拝みたくなるような映画なんです(笑)。

映画『Pearl パール』

スクリーンの中で踊る華やかなスターに憧れるパールは、敬虔で厳しい母親と病気の父親と人里離れた農場に暮らす。若くして結婚した夫は戦争へ出征中、父親の世話と家畜たちの餌やりという繰り返しの日々に鬱屈としながら、農場の家畜たちを相手にミュージカルショーの真似事を行うのが、パールの束の間の幸せだった。
ある日、父親の薬を買いに町へ出かけ、母に内緒で映画を見たパールは、そこで映写技師に出会ったことから、いっそう外の世界への憧れが募っていく。そんな中、町で、地方を巡回するショーのオーディションがあることを聞きつけたパールは、オーディションへの参加を強く望むが、母親に「お前は一生農場から出られない」といさめられる。
生まれてからずっと“籠の中”で育てられ、抑圧されてきたパールの狂気は暴発し、体を動かせない病気の父が見る前で、母親に火をつけるのだが……。

監督:タイ・ウェスト 脚本:タイ・ウェスト、ミア・ゴス
出演:ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.
公式HP:https://happinet-phantom.com/pearl/
公式Twitter:@xmovie_jp
|原題:Pearl|2022年|アメリカ映画|上映時間:102分|R15+

大島依提亜(おおしま・いであ)

アートディレクター。映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。最近の仕事に、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『カモン カモン』『怪物』、展覧会「谷川俊太郎展」(東京オペラシティアートギャラリー)「ムーミン展」など。

Column

大島依提亜さんと映画の余談。

数々の映画パンフレットや美術展のグラフィックを手掛けるアートディレクターの大島依提亜さん。この連載では、大島さんと「映画の余談」をゆるくしながら、大島さんの頭の中を覗いていきます。

2023.07.14(金)
文=辛島いづみ
写真=平松市聖