大島依提亜さんは映画や美術展のグラフィック、ブックデザインなどを数多く手がけるアートディレクター。中でも映画の世界観を印刷物というフィジカルなものに落とし込むマニアックなパンフレットはファンが多く、入手困難になることも。
この連載では、大島さんが手がけた映画パンフレットの話を中心に、「映画の余談」をゆる〜くしながら「大島さんの頭の中」を覗いていきます。聞き手は、その昔、大島さんと映画のパンフレットを作っていたこともある編集者・ライターの辛島いづみです。
カウリスマキと川勝さんと
――アキ・カウリスマキといえば、大島さんはカウリスマキの日本公開版のビジュアルをずっと手がけています。『過去のない男』から、2023年公開の最新作『枯れ葉』まで。
大島 とはいえ、カウリスマキは寡作の人なので、かれこれ20年ぐらいやっていますが、今回の『枯れ葉』で5作目なんです。
――前作、2017年の『希望のかなた』で監督を引退する、と宣言されたのになにも言わずにシレッと復帰したという(笑)。ファンとしてはうれしいかぎりなんですが。
大島 宮崎駿さんもそう。監督って辞めたいと思った途端にまたやりたくなる仕事なんでしょうね。業が深いというか。
――齢88のウディ・アレンも「映画を撮らないと(物語を書かないと)死んでしまう」が口癖ですから(笑)。しかし、『過去のない男』の頃から大島さんのパンフのデザインは、判型もそろえほぼ統一されていますよね。だから、どことなくシリーズ感もあって。
大島 全然覚えてないんですよ、最初になぜこうしたのか。たぶん、本みたいな感じにしたくて表紙に厚手の紙を使ったんだと思います。それに映画のパンフレットって、写真とテキストが渾然一体となっているものが多いじゃないですか。バーンと写真があって、その上に文字が乗っててイマイチ読みにくいなあっていう。そういうものじゃないものを、というのはありました。
――大島さんが手がけたいちばん最初の映画パンフというと?
大島 2001年に公開されたフランソワ・オゾン監督の『焼け石に水』でした。映画好きでもある自分としては、批評家がどんなことを書いているのか、監督はインタビューでなんと答えているのか、そういうのをちゃんと読みたいし、資料としてもきちんと活用できるものを作りたいんです。デザインのインパクトだけじゃなく。そして、カウリスマキの場合は、スチル写真がすごく美しいので、写真だけでページ構成をしたいと思ったところもあって。川勝さん風にいえば「遊び」の部分を増やしたいなって。
――川勝さん、パンフの台割を作るときに、映画のストーリーや流れ、伏線や意図を汲んで、使用するスチル写真も含め、ページ構成をキッチリと考えるんですが、「ここは遊びのページです。依提亜さんシクヨロ」みたいなことをよく言ってましたよね(笑)。
大島 そうそう。台割りに空白の部分があるんです。これは、ぼくを試しているんだなと(笑)。たかが数ページのことだったりするんだけど、すごく緊張して。なにをテーマにするかで、自分がこの映画をどんなふうに観ているのか、ちゃんと理解しているのか、細部まで観ているのか、そういうことがわかってしまうでしょ。だから、いまも、心の中にいる小さな川勝さんと対話しながら作っているところがあるんです。「ここは遊びのページです。さて、ぼくならどうデザインする?」って。
――ううう……。すみません、つい思い出してしまい感極まってしまいました(涙)。話を戻します。カウリスマキに関しては、ビジュアルを手がける前からずっと好きだったんですか?
大島 恥ずかしい話、仕事をもらったときからなんです。『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』とか『浮き雲』などは観ていたんですが、慌てて追いかけて全部観たんです。そこからは大好きになっちゃいましたね。
――そして、大島さんが次に手がけたのが『街のあかり』。
大島 見ればわかると思いますが、ぼくがデザインしたカウリスマキ全5作品のうちこの映画のパンフだけ装丁の雰囲気が違うんです。そもそもシリーズ化を考えてなかったし、この先もぼくが継続してデザインできるかどうかもわからない。なので、この映画に関しては雰囲気をガラッと変えたんです。壁紙みたいな紙を表紙に使ってみたりして。
――特徴的なのは、表紙の幅がちょっと寸足らずで、中身がチラッと見えること。依提亜流パンフの原型ですよね。
大島 最初は控えめにやってたんですけど、この手法が気に入ってからは、だんだん過激化していき、表紙がどんどん小さくなっていくという(笑)。
――最近だとアリ・アスター監督の『ボーはおそれている』のパンフがそうですね。表紙だけでなく、中身もバラバラの大きさの紙が綴じられているという。「遊び」が過ぎます(笑)。
大島 こういうのって、製本にすごく時間がかかるんです。1冊ずつ手作業でホッチキスで留めていくので。
――印刷屋さん泣かせの(笑)。
大島 でも、アリ・アスターの映画にはいつもアイコニックな、意味ありげなプロップがいっぱい出てくるので、それをじっくり見てみたいという思いもあって。
――映画が大好きな大島さんだからこそのアイデアですよね。
大島 しかし、こうして眺めてみると、ぼくの趣味嗜好のようなものがよくわかりますよね。カウリスマキが「ボー」に派生していったんだなって(笑)。
――ある意味、変わってない、でも進化している、という。そして、カウリスマキの3作目は『ル・アーヴルの靴みがき』。
大島 3本目が来たから、これはもしかしてパチンコでいうところの「連チャン」なんじゃないかと。パチンコ、やったことがないからよく知らないんですが(笑)。そこで、先を見据えてシリーズ化していこうと。
――表紙は1作目と同じような厚手の紙で、アーガイルっぽい模様があしらわれています。
大島 主人公の男の子が着ていたセーターがめっちゃ可愛くて。それをモチーフにしました。
――これは2011年の映画ですが、日本での公開は2012年。
大島 靴みがきの男と移民の少年の人情物語で、むちゃくちゃ泣ける映画なんです。パンフを作るにあたりDVDで映画を観ていたら、ぼくにしては珍しく声を出しておいおい泣いてしまったんです。すると、うちの相方がビックリしながら部屋に入ってきて「そうだよね、川勝さん、亡くなっちゃったもんね……」って。ぼくは映画を観て涙していたのに、相方は訃報を知って泣いているんだと思ったんです。それでもう、ぼくはあまりの突然のことにビックリしてしまって……。
――2012年1月31日(注:川勝さんは不慮の事故に遭いこの世を去った)。このパンフをデザインしようと思って映画を観ていたときに、川勝さんのニュースが……。
大島 頭がおかしくなるんじゃないかなと思うほどでした。だから、この映画のことは強烈に記憶に残っているんです。
2024.08.26(月)
文=辛島いづみ
写真=平松市聖