大島依提亜さんは映画や美術展のグラフィック、ブックデザインなどを数多く手がけるアートディレクター。中でも映画の世界観を印刷物というフィジカルなものに落とし込むマニアックなパンフレットはファンが多く、入手困難になることも。
この連載では、大島さんが手がけた映画パンフレットの話を中心に、「映画の余談」をゆる〜くしながら「大島さんの頭の中」を覗いていきます。聞き手は、その昔、大島さんと映画のパンフレットを作っていたこともある編集者・ライターの辛島いづみです。
変わらない世界を描き続けるカウリスマキ
――こうしてカウリスマキのパンフを並べてみたときに、どんなことを思いますか? わたしは、20年前から大島さんのデザインは洗練されていると感心するんです。いま見てもちっとも古さを感じませんし。細かいことを言うと、使用するフォントや字詰め、そういったところに時代って出てくるものだけど、大島さんの場合、強度があるんです。揺るがない美しさがある。
大島 それはたぶん、カウリスマキが寡作の人だからで、基準がぼくではなくカウリスマキだからだと思うんです。20年前に手がけた他の仕事で、いまじゃ恥ずかしくて目も当てられないデザインのものとかたくさんありますもん(笑)。
――そうですか?
大島 ただ、2000年以降、デザイン業界に限ったことではないかもしれませんが、ちょっと停滞しているようには感じますけれど。
――同感です。自分がおばさんになったからそう感じるのかなと思っていたんですが。
大島 例えば、1980年代を基準とすると、その20年前は1960年代。比べるとものすごく変わってますよね。
――確かに。1980年代と2000年代もかなり違います。ただ、2000年以降の20年は、テクノロジーは飛躍的に進化し、ジェンダーニュートラルな思考へとシフトチェンジするようになりましたが、表現においては失われてしまったものの方が大きいと感じます。パンフを作る、本を作る、そういった出版文化はその筆頭でもあるように思いますし。
大島 だから、技術的なことではなく、自分の中のスキルとか、センス的なところを、その都度カウリスマキで試されているような感じもするんです。
――なにも変わらないカウリスマキを基準点として。
大島 そうなんです。『過去のない男』と『枯れ葉』にはなにも違いがありませんから(笑)。ただ、変わってないのに、新作が発表されるたびにグッとくる度が高くなっている。観るたびに思うんですよ、むちゃくちゃいいなって。毎回ベストを更新してるなって。
しかも、日本で上映されたカウリスマキ作品の中で最大のヒットになったんです。
2024.08.26(月)
文=辛島いづみ
写真=平松市聖