アベイラブル期間2週目の最終営業日―待ちに待ったアサインメールは、あっけなく届いた。

His Name is YAMAUCHI

「9時に本社ロビーで。プロジェクトの担当者が迎えにいきます。詳しくはそこで」

 要件のみのシンプルなメールで、それ以上のことは文面から何も伝わってこなかった。

 だが、やっと掴んだ配属のチャンスを無駄にはできない。大型ルーキーであるという第一印象を与え、仕事を手にしなければならない! 私は約束の当日、スーパーの生鮮売り場の鯖も顔負けの、グレーの光沢感のあるスーツで決め込んだ。

 千葉の片田舎出身の私は、大型ルーキーの素養は見た目で表現するものと考え、伊勢丹のスーツ売り場で「新入社員であれば少しお色を控えた方が……」とたしなめられたのも無視し、戦闘モードの「鎧」で身を固めていたのだ。

 やってきた男は「西崎です」と名乗り、こう続けた。

「君の上司は今別件で迎えに来られないから、代わりにきた。出会い頭にこんなことを言うのもどうかとは思うけど、君の上司は少し優秀すぎるところがあって、一緒に働くにあたっては覚悟しておいてほしい。

 まず、アメリカ帰りで日本語のコミュニケーションができない。そして、パフォーマンスの低い部下に激怒して部下の腕を折ったことがある。君、英語できる?」

 完全に想定外の展開だった。

 当時の私のTOEICスコアは650点程度で、外資系の会社に来るには高いとは言えないスコアだ。加えて受験勉強以降、完全に研鑽をサボっていた自分は、特にリスニングとスピーキングに大きなコンプレックスを抱えていた。しかし、ここでできないと言ってしまえば、アベイラブル部屋に戻ることになるかもしれない。そう考えるともはや退路はなかった。

「できます!」と、頭が判断するより先に、言葉が口から出ていた。

 煌びやかな本社と道を挟んだ雑居ビルの一室に連れていかれると、私の上司になる男が座っていた。想像していた外見とは異なり、髪も目も黒く、どこからどう見ても生粋の日本人だ。年齢は20代後半だろうか。しかし足を組みながら英字新聞を広げ、スターバックスのグランデサイズのコーヒーを持つ姿は、なるほど、確かにウォール街を思わせた。

2023.04.20(木)