『吾輩は猫である』から『しらふで生きる』まで、お酒と文学には切っても切れない縁がある。しかし、文学とお酒、人とお酒に、遠すぎず近すぎずの”ちょうどよい距離”はあるのだろうか――?

『のんべえ春秋』なるお酒リトルプレスをも発行してきた、木村衣有子さんのブックエッセイ『BOOKSのんべえ お酒で味わう日本文学32選』が4月5日に発売になりました。刊行を記念して、本書のあとがきを公開します。


 酒屋に行くのはいつも楽しみ。ぴかぴかの酒瓶が並ぶ棚は見飽きない。ラベルの図柄を眺め、そこに記されている言葉を辿る。POPが添えられていたらそれも読む。酒屋って、本屋みたいだなあといつも思う。セレクトショップであるところからして似ている。選びかた、並べかたにそのお店の色があらわれる。たとえば日本酒なら、産地ごとに満遍なく揃えるお店もあれば、あるひとつの味わいを追求するお店もあって、そういうところも。

 開かないと中身はわからないところも同じだ。

 人の心に直に届くというところも重なっているけれど、心の中に入り込むスピードはお酒のほうが早い。だからそこから物語がいくらでも紡がれていく。

 2012年から17年まで『のんべえ春秋』というタイトルのお酒リトルプレスを発行していた。掌篇小説、酒器をつくる人を取材した記事、書評などを載せ、5年間で5号を発行した。

のんべえ春秋は、のんべえによるのんべえのための小さな本です。酔った上での武勇伝を競うわけでもなく、たしなむ程度と腰が引けてもいない、ちょうどいい塩梅を目指しています。

『BOOKSのんべえ お酒で味わう日本文学32選』(木村 衣有子)
『BOOKSのんべえ お酒で味わう日本文学32選』(木村 衣有子)

 毎号載せていたこの文言をあらためて見返してみると「ちょうどいい塩梅」であるとは自認していなくて、とりあえず「目指して」いるとある。そこに嘘はなかったなあと我ながら、今思う。

 ただ、だんだん、自分でつくって自分で売るリトルプレスにはネガティブな感情を載せたくない、という気持ちと、お酒のポジティブな面ばかりに目を向けるのはどうかな、という気持ちがぶつかり合うようになって、そのジレンマを打開できるような6号めの目次を思いつけずに、5号でひとまず打ち止めとしていた。

2023.04.18(火)
文=木村 衣有子