この記事の連載
- 「ELEZO」オーベルジュ【前篇】
- 「ELEZO」オーベルジュ【後篇】
プロが扱うのにふさわしい究極の食肉を料理人の視点で作り、トップシェフたちに届けている“食肉料理人集団”「ELEZO」が、北海道・十勝に肉を楽しむためのオーベルジュをオープンした。
彼らが扱う“命”を育む大自然を感じながら、料理を食し、眠る新しい体験をするために一路北海道へ。
食肉料理人集団「ELEZO」の聖地へ
帯広市内からクルマを走らせること1時間弱。どこまでも広がる牧草地の風景から一転、ぽつりぽつりと建つ民家の先に海が現れた。漁船などが係留されている小さな港を通り過ぎると、海岸線に迫る切り立った崖が印象的な小高い丘の上に、灯台と、夕日に染まる白い建物が小さく見える。
その白い建物こそが、「ELEZO」の肉を五感で楽しむオーベルジュ「ELEZO ESPRIT」だ。白い建物はレストラン棟。その横には宿泊のための黒い建物が3棟。目の前には十勝らしい牧草地が広がり、背後からは、長い砂浜の先に海を見下ろすことができる。宿泊棟の奥につながるなだらかな斜面の向こうには、ちょっと変わった形の「十勝大津灯台」があり、十勝の玄関口として古くから栄える大津港を見下ろし、海を行き交う船の安全を守っている。
見渡しても灯台以外の人工物はほとんどない。大地と海と空に囲まれた吹きさらしの丘は、どこか遺跡のような雰囲気だ。その突端に建つ、左右シンメトリーの独特な形の建築物の前に立つと、北ヨーロッパに来たような錯覚に陥る。もともとここは、小高い丘の上にポツンと灯台があるだけで、あとは延々と続く牧草地。地元の人しか知らないような土地だったが、「ELEZO」の代表者・佐々木章太さんの父親が大津町出身だったということもあり、佐々木さんにとってはたびたび訪れていた大好きな場所だったという。
このオーベルジュの構想が生まれたのは今から15年も前のこと。「どこにも負けない、食肉の生産から料理までを一貫する事業をしよう」と佐々木さんが24歳で起業して3年、27歳で、この丘の先にジビエや家禽を扱う肉のラボを作った時だった。自分達が扱う命が育つこの地で、この景色を体感しながら自分達が作る肉を味わう。そしてその余韻に浸ってもらいながら眠りにつく。自分達が届けたい肉を芯からわかってもらえるような場所をいつか作りたい。そう思い描いたときに思い浮かんだのが、この丘の光景だった。
「ここの丘から海を眺めるたびに、ああ、人って小さいなあ、自然のなかに溶けるように身をゆだねられるいい場所だなあと思ったんです」と佐々木さんは当時を振り返る。ジビエの考え方を家禽に落とし込み、自然の摂理を生かして、素材そのもののポテンシャルを引き出す「ELEZO」が作る肉を味わうには、ここはまさに、理想の場所と言えるだろう。
ここで、そもそも「ELEZO」の肉はなぜ、料理人たちをここまで魅了するのかについて触れておきたい。それは、佐々木さんのキャリアから生み出された“生産から料理”までに一貫して携わる独自のスタイルにある。
もともと佐々木さんはフレンチの料理人として東京で働いていたが、23歳のときに家業の飲食店を継ぐために帯広に移住。そこで初めて地元のハンターが撃ったばかりの鹿肉を料理をし、そのおいしさに衝撃を受けたのだという。それまでは、ジビエ=臭いというイメージしかなかった。けれどこれは本当に旨い。感動した佐々木さんがかつて働いていた東京の店や知り合いのシェフにエゾジカの肉を送ると、瞬く間にそのおいしさの評判が広がり、“また送ってくれ”と注文が舞い込むようになった。
そんなジビエと向き合う日々から、食肉が感動する一皿となってお客さまに届くためには、生産、屠畜、狩猟、解体、熟成、流通、加工、料理、すべてにプロとしての確かな技術が関わってこそ、と強く実感したのだという。そして、生産から料理まで、食肉を通じた”いい命の連鎖“を作りたいと、17年前の24歳のときに食肉の世界に飛び込んだ。
しかし、飛び込んだ食肉業界では、今まで知らなかったさまざまな問題に直面する。たとえば、食肉の流通の偏り。ヒレやロースなどは需要が高く、注文が多く入るのですぐに売れる。けれど、スネ肉や頬肉などは注文が入りにくく、何年も倉庫で冷凍在庫になった上に廃棄されてしまう。もちろん、需要の高い部位には高い値段がつき、需要がない部位にはほとんど値段がつかない。同じ命なのに人間の都合で値段がつけられ、捨てられてしまうものもある。
そんな状況に料理人として疑問を感じた佐々木さんは、生産から料理まで一貫し、ニーズの高い部位はレストランに販売し、人気のない部位は自社でシャルキュトリにして販売するなど、自社でコントロールすることができればこの問題は解決できると考えた。
「もとより、生肉の状態で最高においしいものを作れば、おのずとおいしい料理になるはず。そんな誰もが認める“いい命”を作って、その命に丁寧に向き合う人にバトンを渡して、さらにおいしい料理にして、食べた人に感謝してもらう。一頭の命に責任を持って最後まで使い切る。そんな循環を作りたい、と自分がやるべき道筋がはっきりと見えました」(佐々木さん)
そうして「ELEZO」は、十勝のジビエと家禽を高品質な食肉にしてプロに流通させる、今までにない企業として始動した。十勝の大地に根を下ろし、生産狩猟部門、枝肉熟成流通部門、シャルキュトリ部門、レストラン部門の4部門に分かれてそれぞれの専門家が徹底して素材を磨き上げる。そんな職人魂が作り出す肉は、それぞれの命の個性が滲み出ている。決して扱いが簡単ではないが、料理人が確かな腕で調理すれば、素材の背景が浮かぶような一皿になるのだ。
「ELEZO」では、鹿などジビエの狩猟をはじめ、放牧豚、軍鶏、鴨などを自社生産している。ジビエについては、家禽と同じような安全性と品質の高さを保つための組織作りをしているのが特徴だろう。
狩猟には、趣味としての“ゲームハント”と食肉のために狩る“ミートハント”と2種類があるのをご存知だろうか。市場にはゲームハントで撃った鹿も食肉として流通しているが、「ELEZO」は“ミートハント”しか扱わない。そのため、日本で初めてハンターを雇用し、自社のルールに基づき、社員ハンターが認めた確かな腕を持つ会員ハンター30名が鹿を撃ってくる。猟場はラボから車で1時間以内の場所に限定し、1頭撃ったらすぐに戻る。これは撃ったら処理場まで鮮度を保って運ぶためだ。また、いい肉にするためには首または頭しか撃ってはいけない。メスは4歳まで、オスは3歳までのもの。繁殖機能を持ちはじめたそのころの年齢が一番、肉としておいしいのだという。
狩猟の現場から、“最高の肉”になるための条件を厳しく制定することで、プロが求めるクオリティと安全性を一定に保つことが可能になっているのだ。一方、家禽類は、ジビエをイメージして育てている。元となる品種は野生種から。それぞれをできるだけ自然に近い環境で育て、しっかりと体ができたところで肉にする。
2022.12.20(火)
文=山路美佐