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ELEZOの基幹となるラボへ

 オーベルジュからクルマで数分走った場所にラボと自社牧場があるというので訪れてみた。クルマを止めて丘のほうへ向かうと、広々とした日当たりの良い斜面で気持ちよさそうに大きな豚が泥を浴びている。

 個体が大きいのは、通常6~8カ月で出荷してしまう豚を、自然に近い環境で1年半かけ200キロになるまで育てているから。蒸した野菜などを食べて、晴れの日も雨の日も風の日も山の斜面を駆け回っている豚は、筋繊維が強く肉質がしっかりするのだという。

 丘の麓には鴨たちが水浴びをしている池もある。ここにいるのは野生種の鴨。野生を内包した環境で、5~6カ月育てたら精肉にする。

 広い空の下、空気も水も澄んだ場所で幸せに育てられている動物たちは、ストレスフリーですくすくと、けれど自然の厳しさとともに育っているのがよくわかる。こうした生産現場からの“命”の連鎖とは、関わるすべての命にとっての幸せの記憶の連鎖であるのかもしれないと思う。

 ラボに案内されると、ちょうど撃ったばかりの鹿が運ばれてきたところだった。特別に、捌いている様子を遠くから見せてもらう。足から吊るされた鹿を見事にナイフ一本で捌いていき、腹を割いて内臓を手際よく取り出すと、鹿の体温と外気温の差で湯気が立ち上った。このあとは皮を剥ぎ、枝肉にして熟成庫へ運ばれる。菌の繁殖を極力避けるため、専用の部屋で捌く様子を見学したのはほんの一瞬だったけれど、その素早く正確な仕事から、いただいた命を少しも無駄にすることなく食肉にするという職人の強い信念を感じることができた。

 熟成庫で寝かされた肉は、精肉として各地のレストランに運ばれ、一部は奥のキッチンでハムやテリーヌなどの加工品になり、2階の工房で生ハムになる。筆者お気に入りのパテアンクルートや生ハムは一度食べたら強く記憶に刻まれるおいしさだ。

 その秘密が今回、現場を取材してよくわかった。パテやテリーヌは、精肉にならない未利用部位などを活用して作られているわけだが、こうした環境下で育った家禽の肉は、旨みが強く、しっかりとした香りがある。そんな肉の個性は、どんな部位であろうとも隅々まで満ちている。そこに料理人ならではの感性や確かなテクニックが加わり、テリーヌやパテに仕立てるからこそ、あの味わいが生まれるのだろう。

 ラボからオーベルジュに戻る道中に太陽は沈み、到着するころには、壮大なマジックアワーに包まれていた。

 海を見下ろしてみれば、浜から鮭釣りをしていた人たちもみんな引いて、そこにはただただ広い海が広がっている。聞こえるのは、草原を揺らす海風の音。と思ったら、遠くに、“キューン”という鹿の鳴き声が聞こえた。

 この場所だからこそ、育める命がある。裏を返せば、この場所でしか育たない命があるのだ。

 この日の晩餐が始まるまであと少し。この大きな自然のなかで生まれた食材を使い、その日のゲストに向けて作られるオーベルジュの料理に、ますます期待が高まった。

 ●後篇では、いよいよレストランでの目くるめく肉料理をご紹介します。

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ELEZO ESPRIT

所在地 北海道中川郡豊頃町大津127
電話番号 070-1580-1010
http://esprit.elezo.com/

次の話を読む十勝・開拓の地で食の革命を起こす。食肉料理人集団「ELEZO」の 命と対峙するオーベルジュへ(後篇)

2022.12.20(火)
文=山路美佐