この記事の連載

 何かと行く機会が多い、新宿、渋谷、五反田、赤坂――。でも、何度となく通っているはずなのに、意外と行きつけの店がつくりにくい場所でもあります。

 そんななんだか落ち着かない駅にある「ちょうどいい」お店を、酒場ライターのパリッコさんに教えてもらう連載です。今回は、中野に来たらぜひ立ち寄りたいお店を紹介します。


1950〜60年代にかけて隆盛を誇った酒場、「トリスバー」

 日本が高度経済成長を遂げつつあった時代。サントリーの「トリスウイスキー」を使った「トリスハイボール」をメインメニューに、まだまだ高級品だったウイスキーをリーズナブルに提供する店として大変な人気を博した「トリスバー」。ピーク時には全国に2000軒を超えるほどもあったという。

 現在はすっかり数を減らしてしまったが、懐かしい昭和の雰囲気を感じられるトリスバーは、まだ何軒か残っている。

 そのうちのひとつ、1964年創業の、中野「ブリック」は、僕の特に好きな店だった。自分がちょっとだけ背伸びした大人になったような錯覚ができる、重厚な店内の雰囲気。それに反して、トリスハイボールがなんと1杯200円というリーズナブルさ。夜に中野に用事があれば必ず寄っていたし、複数人でのハシゴ酒のあと、「どこかもう1軒行きましょう」ということになると、たいていはブリックを提案し、同行の人々に「この店、落ち着きますね〜」なんて言われて嬉しくなった。

 しかし、残念ながらブリックは、2020年5月、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の影響で休業した後、そのまま閉店してしまった。何度も経験してきたことだけど、大好きな、しかも貴重な酒場文化遺産と言っていいような店が閉店してしまうことほど、悲しいことはない。あぁ、お別れも言えず、もうあの空間で酒を飲むことはできないのか、と、ものすごく切ない気持ちになったことを覚えている。

2022.12.13(火)
文=パリッコ
写真=釜谷洋史