違法中絶の実態

「原作を初めて読んだとき、当時の違法中絶の実態を知って驚きました。自分で編み棒を使って試みるとか、あまりに過酷でヴァイオレントだった。想像を超えるものでした。自分が生まれた時代はもう、フランスでは中絶が合法化され、それが自然なことのように思っていましたから。

 でももちろん、今でも認められていない国もある。あんな苦しみがつねに存在するなんて、恐ろしいことだと思います。そんな時事性についても、この作品に出演することでいろいろと考えさせられました。この映画をひとりでも多くの人に観てもらうことは、ディヴァン監督やわたしにとってとても大切なことです」

 そんな彼女たちの願いが通じたかのように、本作はワールドプレミアを迎えた2021年のヴェネチア国際映画祭で、最高賞の金獅子賞を受賞した。審査員長を務めたポン・ジュノは、審査員メンバーの満場一致により受賞が決まったと発表。それだけ本作の意義と作品の価値が認められた証だろう。折しも、アメリカでは再び中絶を禁止する州も出ているなか、幸か不幸か本作はより注目を集める結果となった。

「この映画を作ろうとしたとき、プロデューサーから『今語る必要性がどこにある?』と訊かれ、資金集めにはとても苦労しました。でも、偶然にもこの映画はまさに必要なときに生まれたと言える。語るべき緊急性が出てきた。つまりそれは、女性が置かれる状況が後戻りしているという、悲しい状況でもあるのです」

 次回作ではレア・セドゥと組み、1974年に作られ一世を風靡した官能映画『エマニエル夫人』を再映画化するという。

「3年も女性の苦悩を扱ってきたので、欲望を語るのはとても解放的な気分ですし(笑)、これはわたしにとって大切な主題でもあります。リメイクというよりは、エマニュエル・アルサンの原作に忠実に、ヒロインが自分の欲求に目覚め、求めるものにたどり着く過程を描く、美しい物語になると思います」

 妥協を許さない監督が、同性の視点から女性の性の解放を描くことに、再び期待せずにはいられない。

映画『あのこと』

12月2日(金) Bunkamuraル・シネマ他 全国順次ロードショー
配給:ギャガ
© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - SRAB FILMS
https://gaga.ne.jp/anokoto/

2022.12.02(金)
文=佐藤久理子