中絶が違法な時代、医者も手を貸せない

 1963年、大学の大切な試験を控えたアンヌは、医者から妊娠を告げられる。驚き、なんとかしてくれと懇願するが、中絶が違法な時代、医者が手を貸すわけもない。当事者のみならず協力者すら有罪になる可能性があるため、家族や友人たちにも頼れないアンヌは、夢見た未来を手にするためにひとり解決策を探し続ける。だがそれは、自らの命も危険に晒すことを意味した。

 もっとも、ディヴァン監督は社会派映画としてのアプローチを意識したわけではなかったという。飾らない文体でぐさぐさと真実に切り込む原作を映像化することを考えたとき、彼女が取った手法は観る者の感覚に訴えることだった。

「カメラが主人公の視線となり、彼女が考えていることを感じられるようにしたかったのです。その恐怖に触れたかった。もっとも誠実なアプローチにたどり着くために、アニーとは何度も話し合いを重ね、貴重なアドバイスをもらいました」

 その結果、カメラはヒロインに密着し、彼女の体温や息遣いまでもがスクリーンを通して伝わってくるかのように感じられる。

 たとえば、クライマックスでは海外の上映で失神した男性も出たほど、かなりショッキングな映像が登場する。だがそれもまた、ディヴァン監督の決意の反映だ。

「アニーの信念は真実を描くことにあった。だからそこにフィルターを掛けることは、原作を裏切ることになる。たとえばわたしが主人公だったら、その瞬間を見たくないと思うと同時に見ずにはいられないと思う。決して観客にショックを与えることが目的ではなく、真実を見せたかった。真実とは衝撃的なものなのです」

 本作の演技が欧米で高く評価されたアンヌ役のアナマリア・ヴァルトロメイ(『マイ・リトル・プリンセス』)は、1999年生まれの23歳。当時のことはもちろん知らなかったゆえに、なおさら衝撃が大きかったという。

2022.12.02(金)
文=佐藤久理子