中絶が違法だった1960年代のフランス。労働者階級に生まれたが、努力を重ねて大学に進学したアンヌは、大切な試験を前に予期せぬ妊娠をしてしまう。第78回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した映画『あのこと』は、中絶が認められていなかった時代の女性の12週間の苦しみを描いた。原作は、ノーベル文学賞を今年受賞した82歳のアニー・エルノーが、自身の経験を元に描いた『事件』だ。「それは堪え難いサスペンス」と語るオードレイ・ディヴァン監督に話を聞いた。


 妊娠中絶を真っ向から扱った映画はとても少ない。「中絶」という言葉はいまだタブーの響きがあるし、世界にはまだ法的に中絶が認められていない国が複数ある。

 オードレイ・ディヴァン監督による新作は、フランスで「あのこと(中絶)」が認められていなかった60年代、大切な学位試験を前に、予期せぬ妊娠で人生の選択を迫られるヒロインを描いた原作の映画化だ。自らの体験をフィクションとして赤裸々に綴った著者は、今年ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノー。ディヴァン監督は、原作に出会った衝撃をこう語る。

「以前からアニー・エルノーの本は読んでいましたが、この原作のことは知りませんでした。マスコミがあまり取り上げていなかったのだと思います。わたし自身、中絶を経験したあとに、このテーマについてリサーチしたいと思ったところ、友人からこの本を紹介されたのです。

 読んでショックを受けました。当時の違法な状況と現代はこんなにも違うのかと。非合法のもとでは、すべてを偶然に頼るしかない。誰に出会うか、助けになるか密告されるか、うまくいくか命を失うか。すべてが偶然で、それは堪え難いサスペンスです。そのことが長いこと頭から離れず、映画化したいと思ったのです」

2022.12.02(金)
文=佐藤久理子