車の中で聴いていた宇多田ヒカルとTHE虎舞竜

――ドラマでは、音楽によって珠美の過去の記憶が溢れ出しますが、窪田さんにとって、強烈に記憶と結びついている曲はありますか?

 子供の頃、兄弟でラジコンにハマった時期があったんです。毎日おもちゃ屋さんに連れて行ってもらっていたんですけど、その時に車の中で流れていたのが、宇多田ヒカルさんの「Movin’ on without you」でした。母親が好きだったんです。その曲を聴くと、家族5人で軽自動車にぎゅうぎゅうになって移動していた景色が浮かんできますね。

 リピート癖がある母親だったので、一時期はm-floさんのアルバムをずっと聴いていたこともありました。あまりにずっと流れているから、一度長男が本気でキレたこともありました(笑)。

 もっと前の記憶だと、THE虎舞竜さんの「ロード」も。これは親父が好きだったんです。

――「ロード」で思い出す景色は?

 窪田家では、毎年夏に海に行く行事があったんです。夜中に家を出て、海の近くのファミレスでしこたまご飯やアイスを食べさせてもらい、そのまま朝まで車の中で仮眠。朝になったら一番いい静かな海を家族で遊び尽くして、お昼過ぎには帰ってくるんです。その記憶が、まさに「ロード」(笑)。もう、ずっと聴いてましたね。子供だったので、聴いていたというよりも、聴かされていたんですけど。

――ご両親ともリピート癖があるようですが、窪田さんは?

 好きになると結構ずっと聴いちゃいますね。というか、何事にもハマると没頭しちゃう癖は、そこからきているのかもしれない。今はボクシングやサウナにハマっていて、かなり通っています。

 音楽に関しては30代になってから聴くジャンルが広がりました。昔はJ-POPがすごく好きだったけど、今はロックも聴くようになったし、フェスに行ってライブを楽しむようにも。好きなジャンルが、ちょっとずつ増えてきましたね。

結婚をきっかけにマインドが変わった

――同じように、新たにチャレンジしたり興味を持ったことで、世界が広がったものはありますか?

 インスタグラムです。とにかく今年はなんでも挑戦しようと思ったんです。今まではプライベートを知られるのが嫌だなとずっと思っていて。極力見せたくないと思っていたんですが、誰かに知ってほしいというよりは、日記みたいに、日々思ったことをインスタに残すのもいいかなって。

 そうして始めたら、地方で体験したガラス工房の方や、九州の農園の方と繋がることができたり、どんどん世界が広がってきました。

――大きな変化ですね。

 結婚をきっかけに、本当にマインドが変わったんです。閉鎖的だった僕の気持ちをこじ開けてくれたことで、いろんなものが色濃く見えるようになりました。これまでは興味がないものを自分の枠の外に追いやっていたけれど、ちょっと行動を起こして触れてみるだけで、視界が開けるし、小さなことでも楽しむことができるようになる。

 もしも今、自分の人生がつまらないなとか、景色が暗いなと思っている人がいたら、マインドを変えるだけで、一気に見える景色は変わるよって、伝えたいです。

――そのマインドの変化が、お芝居につながることは?

 仕事の時と私生活の人間関係は絶対に分けたいと思っていたけど、そこらへんの変なこだわりも取っ払ってみたら、現場での居かたも変わりました。製作側から見た映画のことを教えてもらったり、工程の話を聞くだけでものすごく身になるし、いろんな角度から作品を見られるようになるんですよね。

 例えば、「ちょっとこの動き、嫌だな」と思う芝居でも、そこにはちゃんと監督の思いがある。自分の視点だけでなく、関わる他の人の視点で見てみると、誰かが苦労して作り上げた結果だということを知ることができるんです。

 感情を表現するのが僕の仕事だから、私生活の感情が豊かになることは、すごく芝居にも役に立っていると思います。

 役者ってどうしても孤独な仕事だなって思っていたんです。出演した作品がどれだけの人に見てもらえて、どういう感想があったのか、舞台じゃない限り知ることができない。すごく一方通行だと思っていたけど、勇気を出していろんな人と繋がってみると、案外孤独ではないことに気付いたりして。今では仕事がもっと好きになりました。

窪田正孝(くぼた・まさたか)

1998年8月6日生まれ、神奈川県出身。2006年に俳優デビュー。主な出演作はNHK朝の連続テレビ小説『花子とアン』、『エール』、ドラマ『デスノート』、『僕たちがやりました』、『アンナチュラル』、『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』、映画『ふがいない僕は空を見た』、『東京喰種トーキョーグール』シリーズ、『初恋』、『決戦は日曜日』など。映画『マイ・ブロークン・マリコ』が公開中。『ある男』(11月18日公開)、『湯道』(2023年2月23日公開)、『スイート・マイホーム』(2023年公開)が待機中。

「モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~」
Episode7「彼が奏でるふたりの調べ」

仕事でもプライベートでも行き詰っていた珠美(声:黒木華)はある日、若い頃に聴いた曲を耳にし、心は15年前に戻っていく。高校時代、体育館でピアノを弾く少年・凛(声:窪田正孝)と出会った珠美。二人は音楽を通じて仲良くなるものの、ある日を境に関係が壊れてしまう。30代になった珠美は、SNSにある投稿をしたこときっかけに、凛がミュージシャンになっていることを知る……。

出演:黒木華、窪田正孝
監督:山田尚子
脚本:荻上直子
2022年10月21日(金)よりPrime Videoで世界同時独占配信

2022.10.21(金)
文=松山 梢
写真=釜谷洋史
ヘアメイク=菅井征起(GÁRA inc.)
スタイリスト=菊池陽之介