「強い」とは、動じない、何でも知っている、戦えること

 日本では年間約8万人が行方不明になり、今もどこかで誰かを待ち続ける人がいる。長年、ドキュメンタリー作品を手掛けてきた久保田直監督が「失踪者リスト」から着想を得てメガホンをとった映画『千夜、一夜』が2022年10月7日から公開される。

 本作で、2年前に失踪した夫を待ち続ける妻・田村奈美を演じるのは、近年女優としての深みがさらに増す尾野真千子さん。「私は幸せな待つことしかしてこなかった」と話す尾野さんに、演じた役について思ったことなどのほか、自分の弱さを人に見せないために習得した“小技”や、自分らしくいるためのコツなどをうかがった。

「つらいことを待つ」感情がどんなものか知りたいと思った

――今回演じた奈美は、ある日突然いなくなった夫・洋司(安藤政信)を待ち続けるという役柄でした。台本を読まれて、まずどんなことを感じましたか。

 私はこれまで「幸せな待つ」しかしてこなかったのだなと思いました。例えば、ご飯がくるのを待つとか、約束している友達が来るのを待つといった、日常の些細な楽しみや幸せを「待つ」ことはあるけれど、「つらいことを待つ」ことは今まで経験がないんです。なので、何だか新鮮な感じがしたし、その感情はどんなものなのか知りたいと思いました。

――尾野さんは「待つ」のは得意な方ですか?

 今言ったような、良いことを待つのは得意ですよ! でも、こういう不幸な気持ちで何かを待つことが得意か不得意かは、実際にそうなってみないと分からないですね。ただ、奈美や登美子(田中裕子)さんのように、何年も何十年も、あてもなく待ち続けるというような目には遭いたくないなと願っています。

――奈美は「愛する人が突然いなくなった理由を作りたい」と、離島の港町で30年間夫を待ち続ける登美子の元に現れました。尾野さんはどう感じましたか?

 奈美の「理由が欲しいんです」というセリフは私もすごく共感しましたね。夫の洋司さんは、突然家を出て行ってしまったから、奈美の中には「なんで?」という思いがすごくあると思うんです。

 自分に原因があるならどうすればいいか見えてくる気がするけど、どうやらそうじゃなさそうだし、何も分からない状況で。何にも言わずに家を出ていったということは「自分のことを嫌いになったのかも」と考えてしまうだろうし、その理由が知りたいという彼女の気持ちはよく分かります。

――いなくなった理由がわからないと、残された方はどうしていいか分からないのがつらいですよね。

 そう。だから何も言わずに出ていった人のことをずるいなって思うんです。

2022.10.03(月)
文=根津香菜子
写真・佐藤 亘
ヘアメイク=黒田啓蔵(Iris)
スタイリスト=関口琴子(ブリュッケ)