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悩んだけど「寺島しのぶなら、剃るよね」って

――寺島さんは廣木監督のことを特別とおっしゃっていますが、どういうところに特別さを感じていますか?

 廣木監督は、私の1本目の主演映画『ヴァイブレータ』で、スクリーンのなかでの存在の仕方を教えてくれた人でした。それまで、私は舞台にばかり出ていたので、映像での演じ方がよくわかっていなかったと思います。『ヴァイブレータ』のときは、実は1回も「OK」と言われないままクランクアップしたんですよ。

――それは不安になりそうですね。

 (廣木監督のことが)大嫌いになっちゃいました。当時は、なぜ私をキャスティングしたんだろうと、戸惑いながら演じてました。完成作を観たら、テストの時のカットや、休憩時間に煙草を吸っているところを隠し撮りされていたシーンが、作品に多く使われていました。でも、その手法が役柄的にはよかったんでしょうね。

 いまでも「『ヴァイブレータ』が好きです」と言ってくださる役者さんがたくさんいてくださるんです。私も久しぶりに見直すと、いいなと思います。廣木監督とは、2作目の『やわらかい生活』以降は共犯者のような感覚でいます。

――みはるの得度式では、実際に寺島さんが剃髪されました。相当な覚悟だったと思いますが、監督に指示されたわけではないのですか?

 いえ、誰かにやれと言われたわけではありません。自分のなかで、「寺島しのぶなら、剃るよね」と7割くらいは決めていたと思います。とはいえ、私も今年で50歳ですから。あとで髪の毛が生えてこなかったらどうしようとか、散々悩みました。「やらなければいけないだろう」というのと、「剃られているときに自分がどんな顔をするのか見てみたい」という両方の思いがありましたね。

――撮影時は、寺島さんだけでじゃなく、監督や周囲のスタッフさんもみなさん緊張されたのではありませんか?

 それはもう、体験したことのない、異様な空気でした。スポーツの試合でも、試合前なのに選手が国歌を歌いながら感極まって泣いてしまうということがありますけど、まさにそんな感じ。「こういうシーンもなかなかないし、ここにいるみなさんと共有できて感謝しています」と最初に挨拶をしたら、プロデューサーさんもメイクさんもわーっと泣き出してしまって。まだ剃ってないのに(笑)。いざ、その席についてからは「さ、やりましょう」という気持ちに切り替わっていました。

――剃っている最中はいかがでしたか?

 ワクワクしていたかなあ。カメラがあるので、実際に剃っている間の自分の顔は見られなかったんですけど。

 カツラで演じるという選択肢ももちろんあったのですが、絶対に突っ込まれると思ったんです。「寺島しのぶはあれだけ脱いでおいて、髪は剃らないのか」と、週刊誌の文面や書体まで浮かんでいました。

――最終的な決め手は何だったのですか?

 夫のローランの言葉です。「絶対にかっこいいから」「僕が保証するから」と言ってくれました。彼は、結婚当初から、「しのぶは剃ったら、絶対にきれいに見える」と話していたんです。私は「何を根拠に、そんなに断言できるの?」と思っていましたけど(笑)。

寺島しのぶ (てらじま・しのぶ)

1972年生まれ、京都市出身。89年にドラマデビュー。92年、青山学院大学在学中に文学座に入団。96年に退団後は2003年公開の映画『赤目四十八瀧心中未遂』、『ヴァイブレータ』で第27回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞ほか、2010年には、『キャタピラー』にて、ベルリン国際映画祭銀熊賞 最優秀女優賞を受賞するなど国内外で数々の賞を受賞。2018年『オー・ルーシー』では、インディペンデント・スピリット賞主演女優賞にノミネートされる。『天間荘の三姉妹』が10月28日公開。プライベートでは、フランス人のクリエイティブディレクターのローラン・グナシア氏と2007年に結婚。長男の寺嶋眞秀は2017年に歌舞伎座で初お目見得した。

『あちらにいる鬼』

監督:廣木隆一
脚本:荒井晴彦
原作:井上荒野「あちらにいる鬼」(朝日文庫)
出演:寺島しのぶ、豊川悦司/広末涼子ほか
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
2022年11月11日(金) 新宿ピカデリーほか全国公開

衣装協力

KAYLE/POSTELEGANT/YVETTE/TAN/branciris/SIRI SIRI

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2022.10.08(土)
文=黒瀬朋子
写真=伊藤彰紀