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 映画『あちらにいる鬼』で、瀬戸内寂聴さんをモデルにした役柄を演じた寺島しのぶさん。本作は寂聴さんと長年恋愛関係にあった井上光晴氏とその妻の実話をもとに描かれたフィクションで、寺島さんは映画のなかで実際に剃髪を体験した。それが今年の5月のこと。髪が伸びる前に写真におさめておきたいと、このたび特別にファッション・シューティングが叶った。

 仕事も家庭も全力投球。かっこいいその生き様について、今の心境について、フランス人の夫ローランさんと息子の眞秀さん、大切な家族についてなど、お話を伺いました。

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自然に、無理をせず、自分にやさしくなれた

――今回のファッション写真、神々しさすら感じるくらい美しかったです。かっこいい女性の代表のような寺島さんですが、年齢とともに何か変化はありましたか?

 子供が生まれてからは時間的な制限もありますし、あれもこれもはできなくなりました。だから、「こうじゃなきゃいけない」というふうにあまり考えないようになりましたね。「今日やらなければいけないこと」が頭に10個浮かんだら、以前はその全てをやらないと気が済まなかったけれど、いまは優先順位をつけて、3つくらいできればいいかなと思うようにしています。体力的にも無理がきかなくなりますし。

――ご自分にやさしくなったということでしょうか。

 そうです、そうです。無理をしない。

 それは、夫の影響もあるかもしれないです。フランス人って本当に無理をしないんですよ。すぐ「Fatigué(疲れた)」って言います。子供ですら(笑)。

 部屋で勉強をしている息子に、「買い物に行こう!」と誘うと、「Fatigué~」と。「子供のくせに何言ってんのよ、早く、行くよ!」なんて、つい言ってしまうけれど、それは間違っているんですよね。彼らは自分をちゃんと守っている。日本が世界でも自殺率が高いのは、そういうところの違いだと思いました。日本人は勤勉だからつい無理をするでしょう?

――たしかに、お母さんに言われたら、自分の状態がどうあろうと一緒に行くものと思ってしまいますね。

 文化の違いですよね。フランス人は自分が主体なんです。だから、私が息子のために、一生懸命プランを立ててスケジュール調整をしていると、ローランは驚きます。彼は「自分たちの楽しめるところに眞秀を連れて行けばいい」という考えです。

 親子で映画に行くとしても、無条件に子供向けの作品を選ぶのではなく、「たまには大人の映画に付き合ってよ。こっちの世界もすごいよ」と大人の側に引き込んでいく。たしかに、子供時代からそういう経験をしていたら早熟になりますよね。

――子供扱いをせずにひとりの人間として付き合うということですね?

 そうなんです。ほかにも、ローランには「君は常に何かと闘っている。苦しくないの?」とよく言われます。「苦しいけど、やらなきゃいけないんだ」と答えると、「俺は絶対に闘わない」って。

 彼の言うこともわかる。だから、少し実行してみようかなと思い始めました。もう、こういうふうに生きてきてしまったから、100%フランス風にはできないけれども、もう少し誰かに任せるとか、甘えてみるとか、できなかった自分を許すとか、そういうことをしていこうかなと思っています。

――素敵です。そんなふうに思える人が増えると、日本も生きやすくなるかもしれません。

 本当にね。8月のフランスなんて、誰一人電話に出ませんからね! みんなバカンスに行ってしまう。でも、みんながバカンスをとっているので、電話がつながらなくても仕方ないかと思えるんです。スーパーで1人しか出勤していなくて、レジが長蛇の列になっても誰も文句を言わない。

2022.10.08(土)
文=黒瀬朋子
写真=伊藤彰紀