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家庭を持ちたいと思ったことも

錦織 やっぱり演劇っていうのは第一次産業ではないので……。僕は世の中で一番尊いのはお百姓さんだと思ってるんです。それに比べて、僕たちが作っているのは、お金をいただいて楽しんでもらう娯楽ですから。

――主人公の広瀬は仕事だけでなく、家でも、無理をして名門私立女子校に通わせている娘との関係がうまくいかず、お互いを思うけれどすれ違ってしまいます。父親と娘の話を書こうと思ったきっかけはなんですか?

錦織 僕は子供も、所帯も持っていないので、子供を持った親の気持ちといったものになおさら向き合わなきゃいけないなと思ったのが、実のところなんです。僕はだらしない男で、そういうことを何もやってないな、という気持ちがあったというか。

――これまでに家庭を持ちたいと思ったことはありましたか?

錦織 30代の頃はありましたよ。ただ、仕事のせいにはしたくないですけど、だんだんと遠ざかりましたよね(笑)。それに、僕の周りで「おまえ、所帯持ったほうがいいよ」って言う人も、けっこう破局を迎えてるんです! つかこうへいさんからも「お前は所帯持て」ってよく言われたけど、最後におっしゃった言葉が、「まあ結婚して幸せになった男は一人もいないぞ」って。無責任ですよねぇ(笑)。

――サラリーマンの通勤風景をテーマにした“つり革ダンス”や“Wi-Fiダンス”、電車のホームドアを模した大道具が、社会人の悲哀をコミカルに象徴していました。

錦織 セットが完成したのは本当にぎりぎりで、ゲネプロを行った横浜の杉田劇場でやっと間に合ったんです。仙台から始まる初日の、たった3日前でした。『サラリーマンナイトフィーバー』は、2020年に、松竹新喜劇の渋谷天笑さん主演で初演を迎えています。その初演ではセットは全くなかったんです。

2022.10.04(火)
文=石津文子