賛否両論を呼んだ読み切り『妹の姉』と比較して

 ただ『ルックバック』は、そのままサクセスストーリーへと持ち込まない。同級生や姉が投げかける「絵を卒業したほうがいい」「中学で絵を描いていたらオタクだと思われてキモがられる」という残酷な言葉(それぞれに悪意はなく、本人のためを思って発言している点がエグい)に揺らいだ藤野は、一向に埋まらない京本との画力の差に限界を感じ、努力をやめてしまう(この部分も言葉ではなく、表情だけで魅せている)。

 しかし運命のいたずらか、或いはものづくりの神様が藤野を見出してしまったのか、彼女は再び絵と向き合うことになる。それは、「卒業証書を京本に届けてほしい」と担任教師に押し付けられてしまう“事件”だ。

 しぶしぶ京本の家を訪ねた藤野は、京本が閉じこもる部屋の前で何の気なく4コマ漫画を描く。すると、その漫画を描いた紙が京本の部屋にすべり込んでしまう。藤野の漫画を読んだ京本は部屋を飛び出してきて言う。「私っ‼ 藤野先生のファンです!!」と。

 自分が疎ましく、恐ろしく感じていた存在が、実は自らの信奉者だった――。それを知った藤野は、再び筆をとり、これまで以上に遮二無二漫画を描くようになる(そこに至るまでの雨中のダンスシーンは、アニメ化を期待したくなるほどの完成度だ)。

 これは、藤本氏が2018年に発表した読み切り『妹の姉』にも通じるもの。『妹の姉』は、美術学校に通う姉妹の物語。才能豊かな妹に恐怖心を抱いていた姉が、妹にとって憧れの存在だったと知り、努力に目覚めるという展開が描かれる。

 「妹が妄想で描いた姉のヌード絵画が、校内に飾られる」というなかなかに攻めた内容ではあるものの、「表現者が責任感を得たとき、“本物”になる」という真っ直ぐなメッセージが根底には流れている。そこから3年を経て、より進化・深化したものが『ルックバック』といえるだろう。

  『ルックバック』に話を戻すと、その後、藤野と京本は1年をかけて45ページにわたる漫画を共作し、集英社に持ち込む。漫画賞に出されたその作品は見事準入選を獲得!(よく見ると担当者の一人は林士平氏。遊び心がきいている)

 その後もふたりで新作を描き続け、コンビ「藤野キョウ」は17歳時点で読み切り7本を掲載するまでに成長。高校卒業後の連載デビューも確約され、『バクマン。』的なサクセスロードを歩んでいく

 ただ、セカンドステージを前にしてふたりの道は違えてしまう。京本が「一人の力で生きてみたい。もっと絵が上手くなりたい」との理由から、大学進学を決意するのだ。京本の意志は固く、藤野は1人で「藤野キョウ」の名前を背負い、漫画『シャークキック』の連載を開始。コミックスは重版がかかり、TVアニメ化も決定。お互いに別々ではあれど“絵の道”を歩んでいた藤野と京本だったが……。

 『ルックバック』はここから、最大のテーマでありチャレンジであり、ひょっとしたらタブーにも踏み込んでいく。それは、「作り手」という生き物、その存在意義について。

2021.07.23(金)
文=SYO