これまで本連載では「深掘りポップカルチャー」と題し、映画・漫画・小説・アニメ等のポップカルチャーの傾向や流れをテーマに沿って考えてきた。『僕のヒーローアカデミア』や『呪術廻戦』『チェンソーマン』といったバトル漫画にみられる「現実に沿ったシビアな目線」や、『おいしいごはんが食べられますように』『N/A』といった小説に感じられる「敵を作ろうとしない社会に生じる歪み」――それらの特徴は、“いま”という時代を反射したものともいえる。

 そうした創作物について考えるにつけ、それらを享受するユーザー(読者・観客・視聴者)についても思考が広がっていった。正直にいってしまうと自分は十把一絡げに「最近の若者は~」などと括ってしまう論調は危険視しているし、そもそも人生を歩んできた中でマーケティングにおける「ペルソナ」的なまとめられ方を忌避してきた人間が、自分を棚に上げて他者をラベリングするなんておこがましい。

 ただ、自分もいちユーザーとして――、時代の空気もっというと「気分」というものをそこはかとなく感じ取っているつもりだ。そこで今回は、「タイパ(タイムパフォーマンス)」というテーマで思索を深めていきたい。

 タイムパフォーマンスというと聞き慣れないかもしれないが、コストパフォーマンス(費用対効果)の時間版と考えていただければわかりよいのではないか。費やした時間に対して、どれくらいの恩恵を得られるか――つまり時間対効果を示す造語である。

 僕がこのテーマに興味を持ったきっかけは、恐らくだが……「倍速再生」「ファスト映画」に対する反発だ。世にあふれるコンテンツに対して消費時間が足りない=需要を供給が上回る「買い手市場」的な昨今において、限られた時間で映像や音楽を多く摂取するため、作品を倍速で観たり不正に編集されたダイジェスト版の短尺映像を観たりする人々が増加している、という報告がある時期話題を集めた。

 この傾向は若者を中心にしたものだそうだが、映画業界にどっぷり浸かっている自分の周りはディープな映画好きばかりで、「本当にそういう人が多いの?」と半信半疑ではあった。

 一方でコロナ禍におけるエンタメ不要論(文化芸術は不要不急である)に対する憤りもあって、コスパの観点から見て正解なのか? 本質からズレていないか? という疑問を抱いたことを覚えている。

 それだと余白や余韻を大切にしたスローシネマの良さがわからないとか、結局インプットするのはただの「情報」であって何も感じたり考えたりできないため「鑑賞」とは呼べないのではないか? という想いがあったし、そもそもファスト映画は重大な著作権侵害であるという主張はもちろんだが、単純にコストに対するパフォーマンスが見合っていないように感じていた。

2023.05.20(土)
文=SYO