加速しつつある「長さ」を「豊かさ」と捉える考え方

 これらのタイトル含め、1本の作品を何度も鑑賞するスタイルも近年の特徴の一つだが、これもまた「確実に満足できるとわかっている作品に投資する」感覚の表れと考えると、タイパ的には大いに納得できる(コンテンツが多すぎるが故の取捨選択でもあるが……)。また映画界隈でいうと、興味深いのが「映画の分数が長くなる傾向にある」点。2022年の米アカデミー賞作品賞にノミネートされた映画の分数をみてみると

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』192分
『イニシェリン島の精霊』114分
『ウーマン・トーキング 私たちの選択』105分
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』139分
『エルヴィス』159分
『逆転のトライアングル』147分
『西部戦線異状なし』147分
『TAR/ター』159分
『トップガン マーヴェリック』131分
『フェイブルマンズ』151分

 と10本中8本が130分を超えている。アカデミー賞作品賞だけが絶対的な指標とはいえないが、ある一つの傾向として「長さ」を「豊かさ」と捉える考え方が加速しつつあるのではないか。「お金を払うのなら長く楽しみたい」というユーザーの感覚もあるだろうし、作り手たちの「長くなろうが楽しませる」という意地や「長くても観客は観てくれる」という希望や信頼もあるかもしれない。ヒットシリーズの第4作『ジョン・ウィック:コンセクエンス』は169分の長尺だが、全米では1ヶ月もの間週末興収トップ5にランクインし続けている。

 こうした動きに関連する興味深い事例の一つが、4月にオープンした映画館「109シネマズプレミアム新宿」だ。一般の鑑賞料金が4,500円と6,500円の2パターンというなかなかに強気な価格設定だが、「全席プレミアムシート」「鑑賞前後の時間をラウンジで過ごせる」「ポップコーンやドリンクが食べ飲み放題」といったサービスを付け、エクスクルーシブな体験を売りにしている。これはタイパというよりコスパの領域かもしれないが、“豊かさ”が消費者に求められているという判断ゆえの設定と考えると、1本の線でみえてくる。

  そしてまた、映画がかつての大衆娯楽から立ち位置を変えつつあるという点もあるように思う。つい先日TOHOシネマズ、東映およびティ・ジョイが一般の観賞料金を2000円に引き上げる発表を行ったが、物価高騰や家計の逼迫の中でもはや映画は時間的にも金額的にも「気軽に観られない」ものとなっているのではないか。とすると、空間に行く必要がある映画館での鑑賞は、演劇や音楽ライブに倣うような形で今後ますます「贅沢な楽しみ」へと向かっていくのかもしれない。

 しかし一方で、演劇や音楽ライブはオンライン公演の流れが加速したことで安価に、かつ容易に楽しめるようになってきた(チケット争奪戦を勝ち抜かなければ見られなかったものが、オンラインであれば簡単に観られるため裾野が広がる)。これをひとつの“進化”とするなら、劇場映画における進化は「なる早で配信へとスライド」なのだろうか。この部分については、また別の機会に考えたいところだ。

 豊かさを、どう捉えるか。例えばサッカーのワールドカップやワールド・ベースボール・クラシックがこれだけ盛り上がったことからみても、最早「短ければいい」というものではないだろう。勝つか負けるかわからないスポーツの不確定さをリスクと捉えるのであれば、ハイライトや結果だけを観ればいいのだから。深夜や早朝になっても「見届けたい」「見逃したくない」という意欲が働き、90分超の試合を見届ける。その時間自体に価値を感じているが故だろう。

2023.05.20(土)
文=SYO