芯のある雄々しい男を、数々演じてきた大名優! なのだけれど、素顔は少々自信なさげ? 「渋みはないし、自分の色を押し出すタイプでもない。これからどんな路線で行けばいいと思う?」と冗談を交えつつ語ってくれた最新作。新たな扉を開けた模様。
「自己愛は激しいのに、
健全な範囲での 自信に欠けている」
それはまさに私なんです
団地の台所に立ったり、ママチャリを全速力で飛ばしたり。これまで見たことのない本木雅弘さんの姿が画面に躍っていた。7年ぶりの主演映画は西川美和監督の『永い言い訳』。
徳川最後の将軍や、明治を背負った軍人、使命に燃えたジャーナリスト、昭和天皇など、これまで演じてきた英雄たちに比べればはるかに肝の小さい男。自分の中の偽物感を他人に悟られまいと取り繕い、ねじれた自意識を持つ人気作家・津村啓(本名・衣笠幸夫)役だ。愛人と密会の最中に妻を突然亡くすという最悪の事態から物語は始まる。
人間の暗部を容赦なくえぐり、おかしくも恐ろしい核心をついた物語を描く西川監督。出演するにはそれなりの覚悟がいったのでは?
「人の本性を暴くことを面白がっている方なのだろうと勝手に想像していたところはありましたね。仕事をご一緒するのは怖いと同時に、『本当の私がわかるわけがない』という対抗心のようなものもあって(笑)」
撮影は一年かけ、季節ごとに幸夫を追った。16ミリカメラを使い、機材は最小限におさえ、ドキュメンタリーを撮るようなフットワークの軽い環境。幸夫は同じく遺族になった大宮一家と出会い、団地に住む大宮の子どもたちの世話をするようになるのだが、大宮役はミュージシャンの竹原ピストル。子役2人はほぼ初演技という、既存の演技の枠を超えた異種格闘技戦が展開されたのである。
「この予定不調和は、監督が狙っていたことの一つ。私は常に役の幸夫でいようとするんですが、『幸夫というルールに囚われないでやってみてください』と時々無謀なことを監督は言うんです。灯役の白鳥玉季ちゃんはリハーサル中に寝てしまったり、兄役の藤田健心くんと些細なことで喧嘩してふてくされるのを、大人たちが必死になだめすかしたり。台本にない言葉も不意に飛び出すものだから、本木雅弘としてうろたえることもありました(笑)」
取り繕う隙間のないハプニングによって「画面が跳ね」、生き生きした姿が映し出された。その愛らしいこと楽し気なこと。
2016.10.16(日)
文=黒瀬朋子
撮影=前 康輔
ヘア&メイクアップ=AZUMA@MONDO-artist(W)