恥を晒すことが、誰かの救いに繫がることを願う
「原作の言葉を借りて言えば、幸夫は『自己愛は激しいのに、健全な範囲での自信に欠けている』。それはまさに私なんです。興味を持たれすぎるのも苦痛だけれど、興味を持たれないと不安になる。役者の仕事は、どれほど役の姿を借りても自身の持つ資質、その時に抱える憂いが透かし見えてしまうもの。私も自分を晒しているという意識は常にあります」
西川作品は人の本性を暴くだけでなく、観る者をその先に連れて行き、セラピーがなされると本木さんは続ける。たしかに、『永い言い訳』は観終わって終わりにはならない。何のために生きているのか。大切な人と向き合えているか。観客自身が人生を振り返り、考え始めるのだ。
「こちらが恥を晒すことで、それが結果的には観客の救いになるところに持っていこうとする監督の狙いには深い慈愛を感じました。幸夫と私は似ているけれど、撮影するうち差異にも気付いていったんです。たとえば『自分の幸せの尺度でものを言わないでよ』という、狭量さを露呈させる台詞も、私はどちらかというと怒りや苛立ち、ちゃぶ台をひっくり返す方向に持っていきがち。でも、それでは観る人の共感を得られない。誰もが抱える孤独、哀しみに繫げたいから、憤りではなく消え入るふうに言ってみてくれと指示されたりしましたね」
幸夫もご自身も「混乱しがちで、とっちらかっている」と本木さんは言う。しかし、世の大半の人が自分の軸を持てずに迷い、とっ散らかっているのではないか。だからこそ、幸夫を、我が事のように応援したくなる。他者との関係の中で、これほど人生は豊かに育て上げられるものかと胸を打たれる。
本木さんが西川監督とタッグを組んだのは今回が初めてだが、実は8年前に映画賞の会場で顔を合わせたことがあった。注目の美人監督と紹介されたその時、本木さんは監督の声に魅了されたという。
「低いトーンで、どこか威圧感があって、ちょっとサディスティック (笑)。役者は画家や作家のように、自発的に自分を晒け出すことはできませんよね。監督という名のムチによって引き出されるもの。西川さんのような監督にいたぶられるのはいいかもしれないと思いました。そっちの趣味は全くありませんけどね(笑)」
本木雅弘(もときまさひろ)
1965年生まれ。埼玉県出身。82年デビュー。『シコふんじゃった。』(92)、自ら映画化を企画した『おくりびと』(2008)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞ほか多数受賞。15年には『日本のいちばん長い日』『天空の蜂』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞などを受賞。主な出演ドラマに「坂の上の雲」(09 NHK)、「運命の人」(12 TBS)など。
映画『永い言い訳』
人気作家に上り詰めたものの、妻(深津絵里)とは冷え切っていた幸夫(本木雅弘)。浮気の最中に、妻が旅先の事故で他界した。哀しい現実に向き合えない幸夫。同じく遺族となった、妻の親友の夫・大宮(竹原ピストル)と出会い、子どもたちの世話を買って出ることから幸夫の生活は一変する。
2016年10月14日(金)公開
(C)2016「永い言い訳」製作委員会
http://nagai-iiwake.com/
2016.10.16(日)
文=黒瀬朋子
撮影=前 康輔
ヘア&メイクアップ=AZUMA@MONDO-artist(W)