年に200本の映画を観て英語を習得

近田 そういう時代だったんですね。ところで、湯川さんは、英語はどのように習得なさったんでしょうか。

湯川 連続テレビ小説の「カムカムエヴリバディ」でも有名なNHKラジオの「英語会話」を聴いていたら、講師の平川唯一先生が、「本当に生きた英語を覚えたかったらアメリカ映画、特に都会を舞台にしたコメディを観なさい」とおっしゃったんですね。

近田 とはいっても、もちろん、1回観たぐらいじゃ理解できないですよね。

湯川 はい。それで学割や早朝割引を活用して、とにかく何回も同じ映画を観たりしました。

近田 最盛期は、年に何本ぐらい?

湯川 年に200本は観ましたね。だから、学校には満足に行っていなくて(笑)。朝、「行ってきます」と言って映画館に駆けつけて、午前中に2回観たら、廊下のソファでお弁当を食べた後、午後にはまた2回観るような具合でした。

近田 そんなに繰り返し観て、飽きちゃわないんですか(笑)。

湯川 いいえ。最初は字幕を見ながら一生懸命に聞き耳を立てる。2回目は、分からないところだけ字幕をチェックする。3回目は、一切字幕を見ない。4回目になると、「あれ、ここ訳してないじゃない?」とか、そんなところまで気づくようになるんです。

近田 その努力の上に、現在がある。英語の先生について勉強したり、少しでも留学したり、そういう経験はまったくないんですね。

湯川 母子家庭でそんな経済的な余裕はありませんでしたから。独学です。

近田 それはすごいなあ。尊敬しますよ。

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湯川れい子(ゆかわ・れいこ)

1936年、東京都生まれ。女優としての活動を経て、1960年、「スイングジャーナル」への投稿を機に、ジャズ評論家としてデビュー。その後、エルヴィス・プレスリーやザ・ビートルズなど、洋楽ポップスの評論や解説に健筆を振るう傍ら、「全米トップ40」をはじめとする番組でラジオDJとして活躍する。また、エミー・ジャクソン「涙の太陽」、シャネルズ「ランナウェイ」、松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」、小林明子「恋におちて -Fall in Love-」など、作詞家としても多くのヒットを放つ。
X @yukawareiko

近田春夫(ちかだ・はるお)

1951年東京都世田谷区出身。慶應義塾大学文学部中退。75年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。その後、ロック、ヒップホップ、トランスなど、最先端のジャンルで創作を続ける。文筆家としては、「週刊文春」誌上でJポップ時評「考えるヒット」を24年にわたって連載した。著書に、『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(文春新書)などがある。最新刊は、半世紀を超えるキャリアを総覧する『未体験白書』(シンコーミュージック・エンタテイメント)。
X @ChikadaHaruo

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Column

近田春夫の「おんな友達との会話」

ミュージシャンのみならず、幅広いジャンルで活躍してきた近田春夫さんが、半世紀を超えるそのキャリアにおいて交遊を繰り広げてきた錚々たる女性たちとトークを繰り広げる対談シリーズがスタート。なお、この連載は、白洲正子が気心を通じる男性たちと丁々発止の対談を繰り広げた名著『おとこ友達との会話』(新潮文庫)にオマージュを捧げ、そのタイトルを借りている。