世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、週替わりで登板します。
第74回は、芹澤和美さんが初めて上海を訪れた19年前の思い出を綴ります。
トラベラーズチェックを握り締め、いざ、初上海
初めて上海を訪れたのは1996年の早春。目的は短期語学留学、節約のために留学斡旋会社を利用せず、なんとか自力で準備しての初中国上陸だった。当時、私が知っていた中国語といえば、「謝謝(シェシェ)」と「ニーハオ」程度だったのだが、上海の学校に送った入学申込書も入学許可証として返送されてきたことだし、行けばなんとかなるだろうと思っていたのだ。
当時、人民元は日本で両替できず、降り立った上海虹橋空港はまだ夕方というのに両替所が閉まっていた。空港に着いて早々、タクシー代がなく途方に暮れるというアクシデントはあったものの、なんとか学校に到着。学部長サイン入りの入学許可証を握り締め、いざ、校内へ。明日から始業と聞いて、急いで飛行機のチケットを手配し、はるばるここまで来たのだ。勤めていた会社も辞め、貯金はすべてトラベラーズチェック(旅行者用の小切手。2014年に販売終了)に換えた。なんとか間に合ってよかった。
ところが、大規模な学校なのに、辺りは妙に静か。通りかかった外国人留学生に尋ねると、学校は1カ月先まで春休みだと言う。学生寮のおばさんには「あんた誰?」という表情で迎えられ、各部屋をたらい回しされた挙句やっと与えられた部屋は、暖房が壊れていて震えるほどの寒さ。翌朝、私がしたことは、暖房器具を買いに行くことだった。
右:立派な図書館も、春休みで静まり返っていた。
繁華街の南京路には、大型デパートが何軒かあった。商品のほとんどはショーウインドウに陳列されていて、店員に声をかけると実物を開封して見せてくれる、というのが当時の販売スタイル。家電製品は実演販売のごとく、電気を通して、目の前で試してみせる。わざわざ梱包を解いてコンセントにつなぐのは、「ちゃんと使える」ということを示していたのだろう。結局、高価な暖房器具を買うにはお金が足りず、どういうわけか、ヘアドライヤーを買うことに。これでかろうじて、身体は温められる。
中国資本のデパートでの買い物の仕方は、日本とは違っていた。(1)買いたい商品の値段を記した紙をもらう (2)それをキャッシャーまで持っていって現金を支払い、領収書をもらう (3)売り場に戻って領収書と引き換えに商品をもらう――というシステムだ。無事に受け取ったヘアドライヤーは、袋に入れることもなく、ビニール紐で適当に巻かれているだけだった。
右:開発区、浦東新区にあった「上海第一八佰伴(ヤオハン)」は、富裕層に人気のデパートだった。上海語では「パパブー」。
2015.02.24(火)
文・撮影=芹澤和美