大通りから小路に入れば、懐かしい風景が

 高層ビルの合間には、「里弄(リーロン)」と呼ばれる集合住宅があった。里弄は、1920年代に建てられたレンガ造りの古い建物で、かつては欧米人の一家族が暮らしていた一軒屋に、7~8世帯がひしめきあって暮らす長屋住宅だ。ビルとビルの隙間をのぞけば必ずといっていいほど、里弄があった。

開け放たれた窓の中からテレビの音が大ボリュームで聞こえてくる住宅街。たいてい、炊事場や電話をかける場所は共同だった。

 夕方、里弄のある小路に迷い込めば、どこからともなく上海料理特有の醤油の甘い香りが漂ってきたものだ。共同炊事場でお母さんたちが世間話に花を咲かせながら野菜を炒める音や、子どもたちの声も響き渡っていた。電柱に堂々と干された下着や、開けっ放しの部屋から聞こえる大音量のテレビドラマも、懐かしい思い出。その里弄も、都市開発の波に飲まれ、次々と姿を消していった。

住宅街の合間には、こんな青空床屋があった。看板に書かれたコピーは、「リーズナブルな床屋」。

 上海はすでに大都会ではあったけれど、今思えば、信じられない光景もよく目にしていた。雨が降ってくると傘代わりにシャワーキャップをかぶるおばさんや、高額な値札をつけたままのスーツを自慢げに着て歩くおじさん、人目気にせず繰り広げられる大喧嘩、青空床屋……。人間が生きていくために必要とする力が、原始的な形のままぶつかり合い、エネルギーをまっすぐに放っているようにも思えた。そしてそれは、日本の秩序正しいぬるま湯の中で生きてきた私に、心地よい刺激を与えてくれたのだった。

近未来都市というよりも、もっと人間臭い熱気を感じた上海。人のエネルギーはとにかくすごかった。

 この街に暮らしたのは、わずか4カ月。この間、上海の人たちにもよく助けられた。肝心な語学はあまり習得できなかったが、今ではけっして体験し得ない、貴重な時間を過ごせたと思っている。

芹澤和美 (せりざわ かずみ)
アジアやオセアニア、中米を中心に、ネイティブの暮らしやカルチャー、ホテルなどを取材。ここ数年は、マカオからのレポートをラジオやテレビなどで発信中。漫画家の花津ハナヨ氏によるトラベルコミック『噂のマカオで女磨き!』(文藝春秋)では、花津氏とマカオを歩き、女性視点のマカオをコーディネイト。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。
オフィシャルサイト http://www.serizawa.cn

Column

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2015.02.24(火)
文・撮影=芹澤和美